そして、いったん息を止めると、静かにつぶやいた。
「私もそなたと食べるまんじゅうは大好物だ」
「おまんじゅう、ですか?」
「算術も好きだぞ」
 千紗が口をとがらせて立ち上がると、お堂から出てスタスタと歩き出す。
「おいおい、どうした」
「なんでもありません」
 水たまりをわざと踏んで泥をはね散らかす。
「千紗」
 呼んでも振り返らない。
 新久郎が頭をかきながら立ち上がって後を追おうとすると、千紗も通りへ駆け出していく。
「おい、待て」
 思ったよりも足が速い。
 新久郎は脇腹を押さえながらなんとか追いつくと、後ろから千紗を抱きすくめた。
 と、そのときだった。
「あ、兄さんたちまた抱き合ってるぞ」
 さっきの子供たちが二人を指さしてはやし立てる。
「仲良しだ」
「ホントだ」
 新久郎は慌てて千紗の手を引いてその場を離れた。
 茹で蛸のような若侍に引っ張られた娘の口元は緩んでいる。
 道行く人が振り返る中、二人は笑いながらどこまでも駆けていくのだった。