その後はもう大騒ぎだった。春菜を監禁していた罪で一臣は収監。仁王路家当主の座は静馬が継ぐことになった。相良家とは手切金を支払って縁を切ったが、結局元の生活を維持することはできず、爵位を返上して田舎に隠棲したらしい。とはいえ、たかが一男爵家の消滅は話題になることもなく、至間國の社交界は、もっぱら仁王路一臣の醜聞で盛り上がっていた。

「おかえりなさいませ、静馬さま」
「ただいま。起きている櫻子の顔を久々に見られたな……」

 深夜、仁王路本邸に帰宅した静馬は、ぱたぱたと出迎えた櫻子を見て微笑んだ。
 当主の仕事に、軍務局の業務。一臣の空けた穴は大きく、静馬は連日多忙を極めていた。帰宅しても夜更けのことが多く、すやすや眠る櫻子の寝顔を見つめながら、そっとその手を握りしめていたのだった。

 人心地ついてから、静馬の寝室で異能力の発散を行う。別邸とは異なり、寝室には二人掛けのソファが置いてある。二人はそのソファに並んで座り、手をつなぎ合わせていた。
 櫻子が静馬を見上げ、口を開いた。

「本日は春菜さまにお会いしてきました。春菜さまのご両親はご立腹ですが、春菜さまの説得のおかげで、だいぶ態度はやわらいでいるようです。今度、正式に静馬さまがご挨拶に伺っても受け入れていただけるとのこと」
「そうか、ありがとう。手間をかけたね」
「いえ、静馬さまを支えるのは妻として当然のことですから」

 えへん、と胸を張る櫻子が愛おしくて、静馬は思わず抱きしめる。腕の中で、櫻子が真っ赤になった。

「あの、あのっ、もう十分ではありませんか!?」
「もう少し、かな」

 すでに十分な量の異能力を渡し終えているが、櫻子には分からない。腕の中の温もりを感じながら、静馬はうっすらと眠気を感じた。

「で、では、異能力をよりたくさん発散するために、別のやり方を試しても良いのではないでしょうか!」
「……別のやり方?」

 静馬の眠気が吹っ飛んだ。櫻子を見つめると、彼女の顔は茹で上がったように赤くなっていた。

「せ、接触面積を増やすとか、その……い、いえ! 忘れてください! 何でもございませんので!」
「……いや、試す価値はあるな」

 静馬は真面目ぶった口調で宣言し、櫻子を抱き上げた。腕の中の重みが愛おしい。櫻子はもう目をつぶって、いっぱいいっぱいの様子だった。
 ベッドに櫻子の体を横たえる。彼女の前髪をそっと撫でると、ぴくっと肩が跳ねた。

「……触れても?」
「もう、お好きにしてください……」

 許しを得て、静馬は櫻子に口づけた。長い夜の始まりだった。

<了>