陽さまは私の身体を軽々と抱きかかえ、精霊さまたちの祝福してくださる桜並木を進む。
「ひな。向こうにある、お城が見える?」
陽さまは私を抱きかかえたまま、右腕を伸ばしてぴんと、桜並木を進んだ先――深い緑が爽やかな山を示した。
山の頂点は桜色に染まり、まるで深緑の身体をもつ山が冠のように桜色を戴いているかのような風格があった。
そして山の頂上には、堂々と龍の角のようにそびえ立つ立派な建物がある。
信じられないほど大きくて、金色の壁と赤色の屋根があいまって、朝焼けの光そのもののように輝いていた。
「あれが、お城……初めて見ました」
噂には聞いていた。お城。えらい人が、暮らすところ。
でも私は村から、どころか生涯ほとんどを神社のなかで過ごしたから、ついにお城を目にする機会がなかった。
大きくて、煌びやかで、村などとは異なる雲の上の世界。
お城に入ったことのある恵まれた一部の村人たちは、うっとりとしていつまでもいつまでも、お城は素晴らしいところだと囁きあっていた。
自分も城主になりたいものだと、どこまで本気かわからない村長の言葉に、村長ならきっと下剋上で天下人になれますよとお追従を言う村人たちの記憶がよみがえってきた――彼らは盃を交わしていたのに、私は傍らに放置されて何も口にできず飢えていた。
……私からすればめったに行かない村長の家だって大きくて煌びやかで、別世界だった。
村のことを思い出してまた心がずきりと痛みかけたけれど、痛みきってしまう前に、陽さまが……声をかけてくださる。
「ひなは、なんでも初めてなんだね」
「はい……」
なんと答えていいかわからなくて、つまらない返事になってしまったのだけれど――陽さまはよしよしと、頭を撫でてくれた。私の身体を抱えているというのに、余裕の手つきで。
「それでいい、それでいい」
どういう意味でしょうか、と問わねばいけないだろうに言葉が出てこない。
それなのに陽さまは、もっと微笑みを深くして、わしゃわしゃと私の頭を撫でた。
「うまいこと返事しようなんて、俺の前では思わなくていいんだよ。小さな女の子が上手に返事をしていたら、そちらのほうが怖いだろう?」
「で、でも……私は、三十の……」
「違うよ、ひなはまだ七つもいかない、年端もいかない女の子。……ね?」
ね? と、微笑まれてしまうと。
それ以上、なにも言えなくなってしまうのだった。
「花嫁さま、花嫁さま」
笑顔いっぱいに祝福してくださる精霊さまのなかでも、ひときわ笑い皺の深い、翁のように見える精霊さまが、楽しそうに手招きをしてくる。
陽はその精霊さまの前に立ち止まって、私がその精霊さまのお話を聞きやすいような位置で抱きかかえてくれた。
「花嫁さま、僭越ながら、ここだけのお話ですが……」
その精霊さまは、柔らかい声色で話しかけてくる。
楽しそうに、子ども同士で内緒話でもするかのように。
「龍神様のお城は、現世の人間の住まうお城とは比べものにならないほどご立派なのですよ。花々が進んでその身を差し出し彩る、まさに神々のお住まいになる神聖な都でございます。この世でもっとも素晴らしい場所であると言えましょう」
「困ったな、そんなこと言われてしまったら、なんとしてでもひなに龍神の城がこの世でもっとも素晴らしい場所だと思ってもらわなくてはいけなくなるじゃないか」
「これはこれは。失礼いたしました。かっかっか」
陽さまは翁のように見える精霊さまを小突いて、翁のように見える精霊さまはかっかっかと笑いながら避ける。
陽さまと精霊さまの雰囲気はとても良くて、親しそうだった。
じゃれあっているみたい。
「陽さまは相変わらず明るくていらっしゃいますねえ」
「いてくださるだけで、ぱっと場が華やぎますよ」
「……良かったわねえ、本当に、ついに花嫁さまが来てくださってよかったわ。ずっとお悩みになってきた……陽さまのお気持ちを想うと……」
目頭を押さえる精霊さままでいらっしゃった。
陽さまは精霊さまたちに、そうだな、本当に、と笑顔で返すと、そのままの笑顔を私に向けてきた。
「往こう、俺たちの住まう城へ!」
陽さまは、とっても元気におっしゃって――だから私は、思わずふふっと笑ってしまった。
「……あ、ひな!」
私は、はっと手に口を当てる。
いけない、笑ったりしてはいけないのだ。
私などが……不遜だ。
「あ、わ、私ったら……申し訳ございません。笑うなど――」
「ひな!」
陽さまはとってもとっても嬉しそうに、私の名前を呼んだ。
「いま、笑ってくれたよね?」
「え、は、はい――」
「ひなの笑顔は可愛いなあ――」
可愛い……。
そんなこと、言われたこと、ない。
「これから、もっともっと笑わせてあげたくなる」
桜の木々はひとつ残らず満開だった。
陽さまが話してくださった――龍神様の郷の桜は、人間の里のものと違って、咲かないことも散ってしまうこともない。
ずっと、ずっと、咲き誇っている。
龍神が祝福されているあかしだよ、と陽さまはおっしゃった。
「ひな。向こうにある、お城が見える?」
陽さまは私を抱きかかえたまま、右腕を伸ばしてぴんと、桜並木を進んだ先――深い緑が爽やかな山を示した。
山の頂点は桜色に染まり、まるで深緑の身体をもつ山が冠のように桜色を戴いているかのような風格があった。
そして山の頂上には、堂々と龍の角のようにそびえ立つ立派な建物がある。
信じられないほど大きくて、金色の壁と赤色の屋根があいまって、朝焼けの光そのもののように輝いていた。
「あれが、お城……初めて見ました」
噂には聞いていた。お城。えらい人が、暮らすところ。
でも私は村から、どころか生涯ほとんどを神社のなかで過ごしたから、ついにお城を目にする機会がなかった。
大きくて、煌びやかで、村などとは異なる雲の上の世界。
お城に入ったことのある恵まれた一部の村人たちは、うっとりとしていつまでもいつまでも、お城は素晴らしいところだと囁きあっていた。
自分も城主になりたいものだと、どこまで本気かわからない村長の言葉に、村長ならきっと下剋上で天下人になれますよとお追従を言う村人たちの記憶がよみがえってきた――彼らは盃を交わしていたのに、私は傍らに放置されて何も口にできず飢えていた。
……私からすればめったに行かない村長の家だって大きくて煌びやかで、別世界だった。
村のことを思い出してまた心がずきりと痛みかけたけれど、痛みきってしまう前に、陽さまが……声をかけてくださる。
「ひなは、なんでも初めてなんだね」
「はい……」
なんと答えていいかわからなくて、つまらない返事になってしまったのだけれど――陽さまはよしよしと、頭を撫でてくれた。私の身体を抱えているというのに、余裕の手つきで。
「それでいい、それでいい」
どういう意味でしょうか、と問わねばいけないだろうに言葉が出てこない。
それなのに陽さまは、もっと微笑みを深くして、わしゃわしゃと私の頭を撫でた。
「うまいこと返事しようなんて、俺の前では思わなくていいんだよ。小さな女の子が上手に返事をしていたら、そちらのほうが怖いだろう?」
「で、でも……私は、三十の……」
「違うよ、ひなはまだ七つもいかない、年端もいかない女の子。……ね?」
ね? と、微笑まれてしまうと。
それ以上、なにも言えなくなってしまうのだった。
「花嫁さま、花嫁さま」
笑顔いっぱいに祝福してくださる精霊さまのなかでも、ひときわ笑い皺の深い、翁のように見える精霊さまが、楽しそうに手招きをしてくる。
陽はその精霊さまの前に立ち止まって、私がその精霊さまのお話を聞きやすいような位置で抱きかかえてくれた。
「花嫁さま、僭越ながら、ここだけのお話ですが……」
その精霊さまは、柔らかい声色で話しかけてくる。
楽しそうに、子ども同士で内緒話でもするかのように。
「龍神様のお城は、現世の人間の住まうお城とは比べものにならないほどご立派なのですよ。花々が進んでその身を差し出し彩る、まさに神々のお住まいになる神聖な都でございます。この世でもっとも素晴らしい場所であると言えましょう」
「困ったな、そんなこと言われてしまったら、なんとしてでもひなに龍神の城がこの世でもっとも素晴らしい場所だと思ってもらわなくてはいけなくなるじゃないか」
「これはこれは。失礼いたしました。かっかっか」
陽さまは翁のように見える精霊さまを小突いて、翁のように見える精霊さまはかっかっかと笑いながら避ける。
陽さまと精霊さまの雰囲気はとても良くて、親しそうだった。
じゃれあっているみたい。
「陽さまは相変わらず明るくていらっしゃいますねえ」
「いてくださるだけで、ぱっと場が華やぎますよ」
「……良かったわねえ、本当に、ついに花嫁さまが来てくださってよかったわ。ずっとお悩みになってきた……陽さまのお気持ちを想うと……」
目頭を押さえる精霊さままでいらっしゃった。
陽さまは精霊さまたちに、そうだな、本当に、と笑顔で返すと、そのままの笑顔を私に向けてきた。
「往こう、俺たちの住まう城へ!」
陽さまは、とっても元気におっしゃって――だから私は、思わずふふっと笑ってしまった。
「……あ、ひな!」
私は、はっと手に口を当てる。
いけない、笑ったりしてはいけないのだ。
私などが……不遜だ。
「あ、わ、私ったら……申し訳ございません。笑うなど――」
「ひな!」
陽さまはとってもとっても嬉しそうに、私の名前を呼んだ。
「いま、笑ってくれたよね?」
「え、は、はい――」
「ひなの笑顔は可愛いなあ――」
可愛い……。
そんなこと、言われたこと、ない。
「これから、もっともっと笑わせてあげたくなる」
桜の木々はひとつ残らず満開だった。
陽さまが話してくださった――龍神様の郷の桜は、人間の里のものと違って、咲かないことも散ってしまうこともない。
ずっと、ずっと、咲き誇っている。
龍神が祝福されているあかしだよ、と陽さまはおっしゃった。