「待って待って待って待って!」

 素早い動きで私の前へと回り込み、両手を広げる。

 リアクションがいちいち漫画みたいだ。

「5分! 5分だけ! 今日こそ僕の話を聞いてッ!」

 息を荒くしながらそう告げる彼の顔は、普段クラスで大人しくしている姿とはまるで別人だった。

 きっと、それだけ織矢くんにとっては、大事な話なのだろう。


 だけど、私には関係ない。


 それに、彼の話したい内容なら、私は既に知っている。


「あのね、織矢くん……」


 私は、今の自分にできる最大限の不機嫌な顔で、彼に告げた。

「私は、どんなことがあっても絶対に演劇になんて出ないから」

 彼が、放課後に私を付きまとう理由。

 それは、彼が所属する演劇部が文化祭で発表する舞台に出て欲しいという依頼だった。

 当然、私はそんな彼の申し出を、もう10回以上は断っている筈なのに……。

「お願いッ! 灰谷さん! シンデレラの役を演じるのは灰谷さんしかいないんだ!」

 こうやって、断るたびに頭を下げられてしまうのだ。

 しかし、私だって意見を変えるつもりはない。

「……だから、私は舞台も上がらないし、演劇にも協力しないからっ!」

 それだけ言い残すと、私は彼の横を通り過ぎて、校門へと向かっていき、学校の敷地内から退去する。

 そして、もう一度振り返ってみると、猫背気味の織矢くんがさらに腰を曲げて、悲しそうに肩を落としながらトボトボと校舎へと戻って行く姿が目に映った。

 どういう訳か、校門から一歩でも出ると彼は私を追いかけてこない。

 それが織矢くんなりのルールらしく、学校の敷地内以外での勧誘はしないようにしているっぽい。

 なんだ、その新入生の部活勧誘みたいなルールは。

 ちなみに、彼が私を追いかけるのも、放課後だけになっている。

 そんなことに気を回せるなら、是非ともHRが終わった瞬間に私のところに来るのを止めていただきたい。