「あー、どうしよう……ううっ」
ほんのりと照明がついている舞台袖で、私の隣にいた織矢くんが情けない声を出す。
彼が緊張している様子は、見ているこちらが心配になってしまう程だ。
「ねー、恵麻ちゃんー、織矢くんー」
すると、そんな私たちのところに、客席の様子を見に行ったあかりが戻って来た。
「お客さん、結構入ってたよー。演目が『シンデレラ』だし、可愛い子供もいっぱいいて、満席だってー」
「ま、満席!?」
あかりの情報を聞いて、ますます顔を引きつらせる織矢くん。
そんな織矢くんの様子に呆れた私は、ため息交じりに彼に告げる。
「しっかりしてよ、織矢くん。今日の君は、王子様なんだよ」
「そ、そんなこと言ったって……」
「いいから、姿勢もしっかり意識して。本番中は猫背にならないようにね」
私が注意事項を述べると、彼も思い出したようで慌てて背筋を伸ばした。
今の織矢くんは、普段の学生服ではなく、手芸部に協力して作った貴族衣装に身を包んでいる。
正直、衣装は急ごしらえだったので、あまり期待はしていなかったのだけど、手芸部の中に普段からコスプレ衣装を作っている子がいたらしく、完成品を渡されたときはプロが作った衣装なんじゃないかと驚いたくらいだ。
そして、その子が作ってくれた衣装は王子様のものだけではなく、私たち全員の衣装まで全部作ってくれた。
そんな衣装の1つである、黒いケープと、とんがり帽子を被ったあかりが、いつものほんわかとした笑顔を浮かべたまま、私たちに告げる。
「でも、無事に本番当日を迎えられて良かったねー。あかりも頑張った甲斐があったよー」
「うん、虹咲さんには、本当にいっぱい協力してもらって助かったよ」
「いいよいいよー。こうして、あかりも劇に出させてもらったからー」
そう言うと、あかりは持っていた杖を、くるんと回転させた。
あかりは、すっかり魔女になりきっているようだ。
私たちが行う舞台の『シンデレラ』は、私と織矢くん、そしてあかりの3人だけの演者で構成されている。
何とか必要最低限の登場人物で物語を進行する感じで、裏方は手芸部の人と同様に、あかりが文化祭の準備会の人たちに声をかけて協力してくれることになった。
本当に、虹咲あかり、さまさまだ。
「それに、あかりは2人が今日の為に頑張ってる姿も見れて大満足だよー」
そして、あかりがそう言われた織矢くんは、照れたように頭に手を回す。
どうやら、あかりのお陰で、織矢くんも少しはリラックスできたようだ。
「じゃ、あかりは最後に照明さんとかに確認してくるねー」
そう言って、あかりはそのまま私たちから再び離れて行ってしまった。