「ねえ、織矢くん……」

 そう思って、私が口を開いたときだった。

「ま、待って! 灰谷さんッ!」

 私が話し始めようとしたのを、織矢くんが制止する。


「その、僕のほうから話してもいいかな? どうして、灰谷さんに『シンデレラ』を演じて欲しいのか……」


 その瞬間、私は息を呑む。

 まさか、そんなことを言ってくるなんて、全く予想していなかった。

「どうして、って……」

 それでも、私はなんとか平静を装って、口を開く。

「私が……『シンデレラ』の真似事をやっていたからでしょ?」

 さすがに、織矢くんがあの体育館にいたのは偶然だと思うけれど、あのときに私が演じるシンデレラを目撃しなければ、私に演劇に出て欲しいなんて言わなかったはずだ。

「うん、まぁ……そう言われれば、そうなんだけど……」

 納得したような反応をしつつも、どこか歯切れの悪い返事をする織矢くん。

 しかし、彼は猫背気味の姿勢を少し伸ばしたあとに、私に告げる。

「灰谷さんの『シンデレラ』を観たとき、僕が初めて劇団『星宙』の『シンデレラ』を観たときのことを思い出したんだよ」

「劇団『星宙』……」

 その名前を聞いて、私はまた、胸がチクリと痛む。

 だけど、織矢くんはそんな私のことなど気付いていないようで、話を続ける。

「最初に灰谷さんに話しかけたときも言ったかもしれないけど、僕が演劇を好きになったのは劇団『星宙』の公演を観たからなんだ。それから、他の公演もいっぱい観たんだけど、やっぱり最初に観た『シンデレラ』の公演が忘れられなくて……」

 織矢くんは、まるでその思い出が自分にとっての宝物であるかのように語る。

 いや、実際、彼にとってその思い出は、本当に宝物なのだろう。

 私には、理解できてしまう。

 何故なら、私も同じだったからだ。

「……そっか。それで、最後の引退公演は、思い出いっぱいの『シンデレラ』をやりたいんだ」

 私は、やや投げやりな言い方で、結論付ける。

「ち、違うよッ!」

 しかし、それを彼が素早く否定する。

「……いや、確かに、そういう気持ちはあるよ。今年の文化祭で、僕だけじゃなくて、この学校の演劇部としての公演は、最後になっちゃうから……みんなの思い出に残るような公演にしたい……」

 そのとき、織矢くんは部室に散らかっている備品たちに目を向けたような気がした。