「うん、僕が引退したら、演劇部はそのまま廃部なんだ。だから、今のうちに片付けておかないと間に合わないと思って……」
「あ……」
私は、つい昨日あかりから言われていた情報を失念していた。
今の乙宜野高校の演劇部は、部員はもう織矢くんだけで、今回の文化祭の公演で廃部が決定している。
「あっ、だけど安心して! ここに灰谷さんを呼んだのは、片付けを手伝って欲しいとかじゃないから!」
しかし、何を勘違いしたのか、織矢くんは慌てて注釈を挟む。
「けど、ここに来てくれたってことは、手紙を見てくれたってことだよね?」
織矢くんの疑問に、私は首を縦に動かして返事をする。
「そっか……」
すると、ほっ、と息を吐きながら織矢くんは胸をなで下ろす。
「正直、来てくれるか心配だったんだ……。虹咲さんは任せてって言ってくれたけど……」
「虹咲……って、あかりのこと……だよね?」
そう呟くと、織矢くんは「しまった!」と言わんばかりに目を見開く。
いや、本当に分かりやすいな、この人は。
「ご、ごめん……虹咲さんからは隠しておいてって言われたんだけど……」
そして、嘘を吐くのも苦手だったようで、織矢くんは私が問い詰めるまでもなく、事情を全部話してくれた。
どうやら、手紙を書いて私を演劇部の部室に呼び出してみたらどうか? という提案をしたのは、あかりだったらしい。
「織矢くんって、あかりのこと知ってたの?」
まぁ、私のことをあれだけ追いかけまわしていたら、あかりのことを認識していても可笑しくはないのだけど……。
「えっと、虹咲さんが灰谷さんと仲が良いのは知っていたんだけど、ちゃんと話したのは昨日が初めてだよ」
予想通り、以前から知り合いだったというわけではないらしい。
だとしたら、織矢くんのほうからあかりに協力を要請したのだろうか?
……いや。
あかりの性格なら、おそらくそうじゃない。
「昨日、いつもみたいに灰谷さんとちゃんと話が出来なくて落ち込んでいた時に、SNSのDMで虹咲さんから連絡が来て……。それで、虹咲さんが待ってるっていうお店に行って、話を聞いてもらったんだ」
やっぱり、そんなことだろうと思った。
つまり、昨日あかりが友達と会うと言っていた相手は、織矢くんだったというわけだ。
そして、絶対にわざと私には黙っていたに違いない。
あの子、そんな素振りは一向に見せていなかったのに。
私の頭の中では、にこやかな笑みを浮かべているあかりの顔が思い浮かぶ。
「じゃあ、下駄箱の前で待っていたのも、私をここに誘導する為だったってことか……」
全く、あかりにしてやられた気分だ。
だけど、不思議と怒る気力も沸いてこない。
「あの、灰谷さん……このことは……」
「……分かってる。別に、あかりが織矢くんに協力したことを責めたりしないから」
心配そうにこちらを見てくる織矢くんだったけど、彼が想像しているような展開にはならないことを、一応は伝えておく。
それでも、私に黙ってこんなことをした対価は何かしらで払ってもらおう。
それに、誘導があったとはいえ、ここまで足を運ぼうと最終的に決めたのは私だ。
あかりのことだから、そういう私の思考さえもお見通しなのかもしれないけれど。
まぁ、あかりの話は、これくらいにして。
そろそろ、私も本題に入らせて貰おう。