誰もいない空間を、舞台の上から見下ろす光景。

 トクンっ、と、私の心臓が脈を打つ。

 気が付けば、私は目を瞑って、右手を胸に添えていた。

 そして、大きく息を吸い込んで、喉を震わせる。

「♪~♪♪~」

 ソプラノ調で発声した私の声が、体育館中に反響する。

 もう、ずっと聴いていなかった、自分自身の声。


 その瞬間、私の目の前には、真っ暗な観客席が現れた。

 そして、舞台にいる私だけを照らす、スポットライトの光が注がれる。

 私は、一歩前に出て、大きく手を広げてお辞儀をした。

 そして、誰もいないはずの相手の手を握り、そのままステップを踏む。

 優雅に、繊細に、それでも揺れるドレスは大胆に。

 舞踏会に集まった人たちの視線を釘付けにするような、美しい踊りを舞う姿。

 その姿は、ほんのひと時の、泡沫の夢。

 それでも、『彼女』は笑顔を浮かべながら、踊り続ける。

 せめて、この魔法が解けるまでは。


 そして、決して聞こえないはずのオーケストラの音が止まると同時に、私の足も止まる。

 これで、お城の舞踏会は終わり、『彼女』は急いで家へ戻らなくてはいけなくなってしまう。

 そのときの『彼女』は、今の私と同じような気持ちになってしまっていたのだろうか。

 もう、こんな幸せな時間は、戻ってこないのだと。