童謡『シンデレラ』のお話はご存じだろうか?
なんて、こんな冒頭から殆どの人間が「はい」と答える質問に、意味はないのかもしれない。
だけど念のため、確認をさせて欲しい。
何故なら、今から私が語ろうとしていることは、『シンデレラ』に対する批判だからだ。
今風に言ってしまうのなら、クレームだと思って欲しい。
だから、初めに言ってしまおう。
私、灰谷恵麻は、『シンデレラ』というお話が大嫌いだ。
だけど、少しだけ誤解を解かせて貰うと、決して私はシンデレラ本人に対して文句があるわけではない。
むしろ、継母と義理の姉たちからの酷い仕打ちを受け続けても、決して腐ることなく、お城の舞踏会に行きたいという、ささやかな夢を抱き続けたシンデレラには、好感を超えて敬意すら払ってもいい。
では、そんな私が何故、『シンデレラ』というお話が大嫌いなのか。
それは、シンデレラの夢を叶えた魔女の魔法に文句があるからだ。
そう言うと、大抵の人は、あのガラスの靴に対して不満があるから、私がこんなことを言いだしたと思うのではないだろうか?
多分、『シンデレラ』を読んだ人ならば、必ず浮かべる疑問だろう。
何故、12時を過ぎても、ガラスの靴だけは消えなかったのか。
シンデレラが着ていたドレスも、城に向かうまでのカボチャの馬車も消えたはずなのに、ガラスの靴だけは消えることなく王子様の手に渡り、その後の展開は、もう今更語るまでもないだろう。
でも、そんなことに理由はないんだと思う。
魔法が使える魔女がいる世界で、こちらの合理性を押し付けること自体が無粋だと、私はそんな風に思ってしまう。
ならば、いい加減、私の結論を述べようと思う。
私が『シンデレラ』という物語に向けている不満。
それは「何故、魔法使いの魔女はシンデレラに12時には消えてしまう魔法なんてかけたのだろうか?」ということだった。
そんなことをして、シンデレラは喜ぶと思ったのだろうか?
いや、実際に舞踏会へ行ったシンデレラは、幸せだったのだろう。
だけど、よく考えて欲しい。
それがもし、一時的な幸せだったとしたら、どうだろうか?
ガラスの靴も消えて、王子様も迎えに来なかったとしたら、シンデレラにとって「夢を叶えたその後」は、どうなっていたのだろうか?
また、継母と義理の姉たちに虐められる辛い生活を送る毎日。
そんな生活に、一度『本当の幸せ』を味わってしまったシンデレラは、果たして耐え続けることができただろうか。
そんなことを想像してしまうと、私はシンデレラに魔法をかけた魔女のことを許せなくなってしまう。
どうして、魔女はシンデレラに『永遠に夢を叶えられる魔法』をかけてあげなかったのか。
もしかしたら、魔女もそこまでの魔法が使えなかったのかもしれない。
でも、だったら中途半端な夢なんて与えるのは、自己満足でしかないじゃないか。
だから、私は『シンデレラ』というお話が大嫌いなのだ。
夢から覚めたあとの人間が、どんな末路を歩むのか、私自身がよく知っている。
私にはもう、夢を叶える魔法をかけてくれる魔女も、ガラスの靴を持って迎えに来てくれる王子様も、存在しない。
魔法が解けてしまった私は、もう二度と、ガラスの靴を履くことができないのだ。
10月上旬の昼休み。
私が通う、公立乙宜野高校の生徒たちの制服も夏服から冬服に変化し始めた季節。
私は、クラスメイトからのストーカー被害に遭っていた。
「灰谷さん! 灰谷さん! 待ってよ! ねぇ、ってば!」
念のため、もう一度言っておこう。
私は、クラスメイトからのストーカー被害に遭っていた。
「おーい、灰谷さん! 聞こえてる!? 聞こえてるよね!?」
授業を終えて、足早に教室から立ち去った私を、今日も彼が必死に追いかけてくる。
「ねえ、あれ、何?」
「ああ、また灰谷さんを説得しようとしてるんでしょ。昨日もそうだったし」
当然、こんな状況になれば、私は周りの生徒たちから注目の的だ。
だけど、そんな私を助けてようとする生徒はいないし、それどころか話のタネが出来たと言わんばかりに、ヒソヒソ声で友達同士盛り上がっていた。
なんだ、私は学校の廊下でパレードでもしているのか。
それなら、某有名テーマパークのように軽快な音楽を放送室から流してほしい。
……いや、やっぱそんなことしなくていいです。
「ま、待ってよ……灰谷さん……」
そして、校舎を出たくらいになると、後ろから追いかけて来た男子生徒は、息を切らしながら諦めず私に付いてくる。
「…………はぁ」
ここでようやく、私は大きなため息と共に立ち止まり、勢いよく振り返る。
「は、灰谷さんっ!」
すると、私を追ってきた男子生徒は、ぱぁと花が開いたかのような満面の笑みを浮かべる。
もしかしたら、私が心変わりして、話を聞いてくれると思っているのかもしれない。
だけど、私が立ち止まった理由は、全く逆のことを彼に伝えるためだった。
「織矢くん。何度も言ってるけど、私は興味ないの」
すると、彼……織矢文彦は、これでもかとばかりにショックを受けた顔で私を見る。
髪の毛は少しくせッ毛で、背は高いが猫背になっているせいで高身長の印象は受けない。
普段から運動とは縁がないのか、ここまで早歩きしただけで、肩が上下に揺れている。
「じゃ、私はこれで……」
そう言って、再び校舎の外へと向かおうとすると、