◆◇
「あら、もう大丈夫なの?」
文化祭最終日、すっかり体調が戻った私は制服に着替え、家を出ようとした。文化祭の朝は早いため、朝ごはんを食べる暇もない。
「うん。治ったから」
「それならこれだけでも持って行きなさい。はい」
母は私の手にラップに包んだおにぎりを握らせる。
「ありがとう」
「あのね、この間お母さん、日和にもお父さんにもひどいこと言っちゃったでしょう。あれから反省したの。これまで日和のことを勉強で追い詰めてたんだって。今日文化祭の最終日だったわね。あなたが頑張りたいと思ったことは勉強じゃなくても応援してるわ。いってらっしゃい」
母の突然の告白に、私はぽかんと口を開け間抜けな顔をしてしまっていた。ワンテンポ遅れて、母がこれまでのことを謝ってくれたのだということを理解し、胸が熱くなった。
「いってきます」
母の握ってくれたおにぎりがまだ温かい。私が好きなしそ味のおにぎりを鞄に入れて、私は学校へと向かった。
「春山さん大丈夫!?」
教室に入るとクラスメイトの女子たちが次々と私の前に駆け寄ってきた。昨日貧血で休んで散々迷惑をかけたので煙たがられないか内心びくびくしていたがどうやら杞憂だったらしい。
「うん。昨日は迷惑と心配かけてごめんなさい。もう大丈夫だから」
「良かった〜」
「昨日は天気が悪くて客足減っちゃったからさ、今日は挽回したいね」
「晴れてるし大丈夫でしょ!」
みんなの気合いが私を鼓舞してくれて、ラストスパートへの気持ちがぐんと高まった。
女の子たちと今日の流れを確認していたところでチャイムが鳴り、文化祭三日目のスタートを告げる。横目でチラリと男子勢の方を見やると、神林も私と同じように男子メンバーに指示を出していた。
本当は声をかけるべきだったのだが、母からもらったおにぎりを食べ終えたところで1番目のお客さんがやって来たのでバタバタと仕事を開始した。
「いらっしゃいませ」
三日目の今日、意地でも売り上げを上げたいのか、皆気合い十分といった表情でお客さんを迎え入れている。
私も昨日の遅れを取り戻そうと、接客に集中した。
どうか何事もなく一日が終わりますように。
最後の仕事を、滞りなく終えられますように。
接客をしている間、お客さんが減るとついアプリのことが頭の中でチラついていた。
「やっほー日和」
「穂花」
休憩時間に2組の教室にひょっこりと顔を出してくれた穂花の存在に声をかけられるまで気がつかない始末だ。
「貧血治ったみたいで良かったよ」
「心配かけてごめん。昨日はありがとう」
昨日穂花からの電話がなければ、今日この場に私はいなかったかもしれない。
「いやあ、むしろあたしの方が迷惑かけちゃったからさ。それで、どうするの?」
「どうって」
「永遠に告白するんじゃないの?」
「ちょ、そんなに大きい声で言ったら聞こえるって」
神林は今も接客や指示出しをしているので、穂花の声が聞こえていないか気が気でなかった。
それにしても、告白だなんて。
今の私にそんなことができるはずがない。だって私は永遠への気持ちを失ってしまった。たとえ嘘でも本心じゃないことを彼に告げるなんて無理だった。
「どうしたらいいか、考えてる……」
アプリのこと。神林からの告白の返事のこと。
穂花からすれば何を迷っているのか、と疑問に思うところだろうが、私にとっては大きな問題だった。
「そうなのかー。あたしが事を複雑にしちゃった部分もあるから余計なことは言えないけど……。後悔だけはしないようにして
ね」
穂花はそれ以上何も聞いてこない。席についてカフェラテを飲みたいと言ったので、私は彼女に飲み物を出した。彼女があえてそれ以上何も言わないのだと分かっていたから、私は心の中で謝罪し、感謝した。
ままならないことが多すぎる。
高校生活は、青春の一ページは、私にとって乗り越えなければならない大きな壁だった。
「あら、もう大丈夫なの?」
文化祭最終日、すっかり体調が戻った私は制服に着替え、家を出ようとした。文化祭の朝は早いため、朝ごはんを食べる暇もない。
「うん。治ったから」
「それならこれだけでも持って行きなさい。はい」
母は私の手にラップに包んだおにぎりを握らせる。
「ありがとう」
「あのね、この間お母さん、日和にもお父さんにもひどいこと言っちゃったでしょう。あれから反省したの。これまで日和のことを勉強で追い詰めてたんだって。今日文化祭の最終日だったわね。あなたが頑張りたいと思ったことは勉強じゃなくても応援してるわ。いってらっしゃい」
母の突然の告白に、私はぽかんと口を開け間抜けな顔をしてしまっていた。ワンテンポ遅れて、母がこれまでのことを謝ってくれたのだということを理解し、胸が熱くなった。
「いってきます」
母の握ってくれたおにぎりがまだ温かい。私が好きなしそ味のおにぎりを鞄に入れて、私は学校へと向かった。
「春山さん大丈夫!?」
教室に入るとクラスメイトの女子たちが次々と私の前に駆け寄ってきた。昨日貧血で休んで散々迷惑をかけたので煙たがられないか内心びくびくしていたがどうやら杞憂だったらしい。
「うん。昨日は迷惑と心配かけてごめんなさい。もう大丈夫だから」
「良かった〜」
「昨日は天気が悪くて客足減っちゃったからさ、今日は挽回したいね」
「晴れてるし大丈夫でしょ!」
みんなの気合いが私を鼓舞してくれて、ラストスパートへの気持ちがぐんと高まった。
女の子たちと今日の流れを確認していたところでチャイムが鳴り、文化祭三日目のスタートを告げる。横目でチラリと男子勢の方を見やると、神林も私と同じように男子メンバーに指示を出していた。
本当は声をかけるべきだったのだが、母からもらったおにぎりを食べ終えたところで1番目のお客さんがやって来たのでバタバタと仕事を開始した。
「いらっしゃいませ」
三日目の今日、意地でも売り上げを上げたいのか、皆気合い十分といった表情でお客さんを迎え入れている。
私も昨日の遅れを取り戻そうと、接客に集中した。
どうか何事もなく一日が終わりますように。
最後の仕事を、滞りなく終えられますように。
接客をしている間、お客さんが減るとついアプリのことが頭の中でチラついていた。
「やっほー日和」
「穂花」
休憩時間に2組の教室にひょっこりと顔を出してくれた穂花の存在に声をかけられるまで気がつかない始末だ。
「貧血治ったみたいで良かったよ」
「心配かけてごめん。昨日はありがとう」
昨日穂花からの電話がなければ、今日この場に私はいなかったかもしれない。
「いやあ、むしろあたしの方が迷惑かけちゃったからさ。それで、どうするの?」
「どうって」
「永遠に告白するんじゃないの?」
「ちょ、そんなに大きい声で言ったら聞こえるって」
神林は今も接客や指示出しをしているので、穂花の声が聞こえていないか気が気でなかった。
それにしても、告白だなんて。
今の私にそんなことができるはずがない。だって私は永遠への気持ちを失ってしまった。たとえ嘘でも本心じゃないことを彼に告げるなんて無理だった。
「どうしたらいいか、考えてる……」
アプリのこと。神林からの告白の返事のこと。
穂花からすれば何を迷っているのか、と疑問に思うところだろうが、私にとっては大きな問題だった。
「そうなのかー。あたしが事を複雑にしちゃった部分もあるから余計なことは言えないけど……。後悔だけはしないようにして
ね」
穂花はそれ以上何も聞いてこない。席についてカフェラテを飲みたいと言ったので、私は彼女に飲み物を出した。彼女があえてそれ以上何も言わないのだと分かっていたから、私は心の中で謝罪し、感謝した。
ままならないことが多すぎる。
高校生活は、青春の一ページは、私にとって乗り越えなければならない大きな壁だった。