それから一週間、全校生徒は文化祭の準備に明け暮れた。11月の2週目の3日間が文化祭本番だった。私たちのクラスは前日まで最後の詰めで夜遅くまで教室の準備に励んでいた。
「メニュー表、こっち足りないよ!」
「さっき置いたはずなんだけど、ほら」
「ありがとう。お金の準備は大丈夫?」
「それならばっちり。明日持ってくる」
「あ! 壁紙剥がれてきてる」
「まじで? 修正すっか」
あちこちから声が飛び交う。その度に私や永遠は応援に向かった。明日からのシフトはこちらで作成してみんなに周知したが、欠員が出た場合のことも考えなければならない。
「俺考えるわ」
神林がシフト表を私から受け取り、ペンをくるっと回して表を眺めた。シフトを考えるのは私が担当していたが、正直こういうパズルみたいな仕事は苦手だったのだ。
数学が得意な神林は、スルスルと欠員補助のシフトを埋めていく。もしもの場合に備えた時のシフトだから実際に使うは分からないけれど、そのあまりの速さに目を奪われた。
「すごいね……。さすが永遠だ」
「とんでもない。日和が大枠を考えてくれたからだ。ありがとう」
ありがとう。それだけで心が洗われた気がした。大変だった実行委員の仕事が今週には終わってしまう。解放されることよりも、神林と二人三脚でやってきたことが終わりを迎えることが寂しかった。
「よおし、できた! みんな、シフト表の欠員補助も考えたからこれ見ておいて。他の班は作業終わったか?」
「メニューは大丈夫!」
「飾り付けもおっけー」
「本も並べたぞ。値札も貼ったしな」
次々に周りから声が上がった。準備が完成したことを実感し、みんな手放しで喜んだ。「お疲れ!」と労う声と、「明日から頑張ろう」と鼓舞する声が混ざる。ああ、これが青春だ。雪村先生が文化祭は青春だと言っていたが、本当にそうだ。
「ありがとう。今日はここでお開きにしよう。お疲れ様、明日からよろしくな」
神林の合図と共に、「疲れたー!」と帰り支度を始めるクラスメイトたちはどこか清々しい表情をしていた。
「日和も今日までありがとう。あと3日間よろしく」
「こちらこそ」
彼に感謝してもしたりない。もう少しだけ感傷に浸っていたかったのだけれど、教室の後ろの扉から聴き慣れた声がして振り返った。
「永遠」
私ではなく神林の方に向けられた穂花の瞳が、蛍光灯の光を反射して揺れていた。いつのまにか外が暗くなっており、教室の中が明るい空間になっていることに今更気がついた。
「おう、どうした?」
「ちょっといいかな」
いつもとは明らかに穂花の声色が違っている。胸に決意を秘めた女の子の声だ。私は一歩後ろに下がり、神林が「ごめん行ってくるわ」と言うのに真顔で頷いていた。
誰もいなくなった教室の戸締りをして、私は帰宅する準備をした。教室を後にするとまだ明かりがついているクラスがぽろぽろと目に入ってきた。どのクラスの生徒も今しかない青春を取り逃さないように必死で繋ぎとめようとしている。自分だけではなかった。きっと穂花だって、好きな人の想いを手繰り寄せようと必死なのだ。
「穂花」
勇気を出して自ら彼に想いを告げようとしている彼女が誇らしい。
私がたどり着けなかった場所に、あなたは行ってしまうんでしょうね。
月明かりの照らす地面を踏み締めて、私は帰途についた。