10分後、目的のバスがやってきた。まばらに埋まった席を見て、空いていた一番後ろの椅子に座った。後ろの端っこの席が私の好きな場所だ。通学バスでも学校の席でも私は大抵端っこに座っている。外の景色がよく見えるので落ち着くのだ。
途中のバス停で一人、また一人と乗客が降りていき、終点の浜港まで乗っていたのは私を含めて3人だけだった。40分以上かけて移動したため、バスから降りた瞬間首回りと肩がひどく凝っていた。目一杯伸びをすると、爽やかな海風が頬を撫でて心地良い。早速漂ってくる潮の香りが港町へ来たと実感させてくれる。この自然の匂いがたまらなく好きだった。
浜港は人通りが少なく、散歩にはうってつけだった。時折港の方からボーウという船が出港する時の音がしてどこか懐かしさを感じさせる。住んだこともないのに懐かしいなんて感覚はおかしいけれど、知らない町なのにこの場所には居心地の良さが溢れていた。
しばらく歩いてお腹が空くと、目についた定食屋さんに入った。一瞬穂花のお父さんがやっているお寿司屋さんに行こうかと迷ったが高かったらどうしようと思うと勇気が出なかったのだ。
しかし偶然訪れた定食屋で食べたイワシフライ定食が思いの外美味しくてお腹も満たされた。母のご飯ともちょっと違ったテイストで、サクサクとした衣に包まれた香ばしいイワシの味が口いっぱいに広がる。また食べたいと思わせる味だった。
昼食を終えると再び散歩を再会する。歩き疲れたら自動販売機でジュースを買い、近くの公園で一服した。鳥のさえずりや母親を呼ぶ小さな子供の声を聞きながら、秋の匂いを全身で嗅いだ。本格的に寒くなる前のこの空気がお気に入りだった。二度と訪れない高校二年生の秋が、まだ終わらないで欲しいと願う。
「さてと」
気がつけば一番日が高い時間帯になっており、一人で歩き続けるのにはそろそろお腹いっぱいかな、という気になっていた。最後に、せっかく港町に来たのだから海の方へ行こうと思い立つ。公園から少し歩くとすぐに海が見えてきたので、私は港のちょっとした段差に腰を下ろした。港には小さな商業施設が隣接しているが、それほど流行っていないのか、人は多くないようだ。
海風が先ほどよりも強く吹き付けてかなり涼しい。日が照っているにもかかわらず居心地の悪さは全然感じない。むしろ心を空っぽにして座っているのにはもってこいの場所だった。
どれほどの時間、そうしていただろうか。
ガクン、と首が傾く衝撃で私は目を覚ました。どうやらあまりの心地よさに眠っていたようだ。夕暮れ時のオレンジ色の光が海に反射している。軽く痛む首を押さえてぼんやりと霞む視界の中で視線を這わせていると、波止場に到着した船から降りてくる一組の男女が目に飛び込んできた。
年頃は自分と同じぐらいに感じた。男の方は後ろ姿で顔はよく見えない。先に彼の方が船を降り、後から降りてきた女の子に手を差し出しているところだった。
「あれって」
肩を並べてこちらに近づいてくる二人を見てぼやけていた視界が一瞬にしてはっきりと広がった。
「永遠、穂花」
二人には聞こえない程度の音量で彼らの名を呟いた。
間違いない。穂花は白地に水色の花柄のワンピースを着て、秋色のワイシャツを羽織った神林と仲睦まじげに歩いている。学校では見たことのない満面の笑みを浮かべていた。
まんざらでもなさそうな顔の神林の姿が脳裏にくっきりと焼き付けられる。あまりにも自然体で、二人でいることが当たり前で、心が通じ合っているという感覚が全身を駆け巡る。
二人に気づかれないように、徐に立ち上がり、私はその場から逃げるようにして立ち去った。二人のデートを盗み見してしまった罪悪感と胸に広がる息苦しさを走ること紛らわせようと、バス停まで後ろを振り向かなかった。背中から私を照らす西日が前方に影を落とす。自分自身の影を思い切り踏みにじりたい気持ちを抱えたまま、やってきたバスに飛び乗った。
潮の香りは、いつまでも私の鼻をツンと刺激していた。
途中のバス停で一人、また一人と乗客が降りていき、終点の浜港まで乗っていたのは私を含めて3人だけだった。40分以上かけて移動したため、バスから降りた瞬間首回りと肩がひどく凝っていた。目一杯伸びをすると、爽やかな海風が頬を撫でて心地良い。早速漂ってくる潮の香りが港町へ来たと実感させてくれる。この自然の匂いがたまらなく好きだった。
浜港は人通りが少なく、散歩にはうってつけだった。時折港の方からボーウという船が出港する時の音がしてどこか懐かしさを感じさせる。住んだこともないのに懐かしいなんて感覚はおかしいけれど、知らない町なのにこの場所には居心地の良さが溢れていた。
しばらく歩いてお腹が空くと、目についた定食屋さんに入った。一瞬穂花のお父さんがやっているお寿司屋さんに行こうかと迷ったが高かったらどうしようと思うと勇気が出なかったのだ。
しかし偶然訪れた定食屋で食べたイワシフライ定食が思いの外美味しくてお腹も満たされた。母のご飯ともちょっと違ったテイストで、サクサクとした衣に包まれた香ばしいイワシの味が口いっぱいに広がる。また食べたいと思わせる味だった。
昼食を終えると再び散歩を再会する。歩き疲れたら自動販売機でジュースを買い、近くの公園で一服した。鳥のさえずりや母親を呼ぶ小さな子供の声を聞きながら、秋の匂いを全身で嗅いだ。本格的に寒くなる前のこの空気がお気に入りだった。二度と訪れない高校二年生の秋が、まだ終わらないで欲しいと願う。
「さてと」
気がつけば一番日が高い時間帯になっており、一人で歩き続けるのにはそろそろお腹いっぱいかな、という気になっていた。最後に、せっかく港町に来たのだから海の方へ行こうと思い立つ。公園から少し歩くとすぐに海が見えてきたので、私は港のちょっとした段差に腰を下ろした。港には小さな商業施設が隣接しているが、それほど流行っていないのか、人は多くないようだ。
海風が先ほどよりも強く吹き付けてかなり涼しい。日が照っているにもかかわらず居心地の悪さは全然感じない。むしろ心を空っぽにして座っているのにはもってこいの場所だった。
どれほどの時間、そうしていただろうか。
ガクン、と首が傾く衝撃で私は目を覚ました。どうやらあまりの心地よさに眠っていたようだ。夕暮れ時のオレンジ色の光が海に反射している。軽く痛む首を押さえてぼんやりと霞む視界の中で視線を這わせていると、波止場に到着した船から降りてくる一組の男女が目に飛び込んできた。
年頃は自分と同じぐらいに感じた。男の方は後ろ姿で顔はよく見えない。先に彼の方が船を降り、後から降りてきた女の子に手を差し出しているところだった。
「あれって」
肩を並べてこちらに近づいてくる二人を見てぼやけていた視界が一瞬にしてはっきりと広がった。
「永遠、穂花」
二人には聞こえない程度の音量で彼らの名を呟いた。
間違いない。穂花は白地に水色の花柄のワンピースを着て、秋色のワイシャツを羽織った神林と仲睦まじげに歩いている。学校では見たことのない満面の笑みを浮かべていた。
まんざらでもなさそうな顔の神林の姿が脳裏にくっきりと焼き付けられる。あまりにも自然体で、二人でいることが当たり前で、心が通じ合っているという感覚が全身を駆け巡る。
二人に気づかれないように、徐に立ち上がり、私はその場から逃げるようにして立ち去った。二人のデートを盗み見してしまった罪悪感と胸に広がる息苦しさを走ること紛らわせようと、バス停まで後ろを振り向かなかった。背中から私を照らす西日が前方に影を落とす。自分自身の影を思い切り踏みにじりたい気持ちを抱えたまま、やってきたバスに飛び乗った。
潮の香りは、いつまでも私の鼻をツンと刺激していた。