翌日8月6日土曜日、私は昨日発掘した浴衣を着て来たる待ち合わせの18時まで家でそわそわしていた。浴衣を着たのはいつぶりだろう。去年もお祭りには行ったが、私服だった。
白地に紫の朝顔が咲く浴衣は、中学一年生の夏に母におねだりして買ってもらったものだ。白い浴衣が着たくて、ショッピングモールでぱっと目に飛び込んできたのがこの浴衣だった。マネキンに着せられた浴衣が、白く輝いていて紫色の朝顔も上品で大人ぽく感じたのだ。

17時過ぎに私は家を出発した。水瀬川の最寄り駅までは浴衣姿で一人電車に乗る必要があったので小っ恥ずかしい気分だ。でも、目的の駅に近づくにつれ、浴衣姿の若者たちが増えて次第に恥ずかしさは薄れていった。
駅に到着し改札を出るとものすごい数の人、人、人。下駄を履いている分、普段よりもかなり歩きにくい。おまけに後ろから押し寄せる人の群れに押しつぶされそうになり、来て早々泣きそうになった。

「日和!」

手招きをして私を呼ぶ穂花の声がして、救われたような気分で彼女の元へと歩いた。彼女の隣には麻のシャツに短パン姿の神林がいて、私を見つけると小さく手を上げた。

「遅くなってごめんね」

「全然待ってないし大丈夫!」

手をひらひらさせて答える穂花。彼女は紺色に色とりどりの蝶々が羽ばたく浴衣を着ていた。華やかでぱっと目が引かれる。

「穂花、可愛い浴衣だね」

「ありがとう! でも日和だって可愛い。ね、永遠」

「……お、おう。可愛いと、思う」

「そうかな? ありがとう」

指で顎をかきながら答える神林に、私は早速恥ずかしくなってとっさに目を逸らした。

「うわ、なんか永遠がめっちゃ素直!」

「お前が言わせたんだろ!」

教室でのクールな神林はどこへやら、穂花と話している時の彼はやっぱり無邪気な少年のようだ。
この間まで気まずかった彼との関係が、少しだけ和らいだ気がした。

「ささ、早く会場の方に行こう。あたしお腹ペコペコだよ」

「そうだね。行こ行こ」

大量の人の群れに押されながら、私たちは祭り会場へと進んだ。ここに集まるほとんどの人たちが同じ目的地へと向かっていることがなんだか信じられず、一気にお祭り気分が高まる。
水瀬川の周辺にずらりと並ぶ露店が見えた。そのすべてが光り輝いているように見える。学生カップルやお母さんに手を引かれる子供たちが次々と露店の方へ吸い込まれてゆく。どこもかしこも人の頭だらけなのに、不思議と嫌な気持ちはしない。それは私自身、祭りの熱に浮かされた女子高生の一人だからだろう。

「俺、焼き鳥食べたい」

「あたしはたこ焼き」

「え、ちょっと待って」

各々食べたいものがあるらしく、二人は早速お店の前に並んだ。行動の早い二人だ。二人よりもワンテンポ遅れて、私も焼きそば屋さんに並ぶ。どの店も行列ができていて、待ち長いのは覚悟の上だ。
3人ともそれぞれの食事をゲットし、土手の方に腰掛けた。花火を観覧するためにすでに場所をとっている人が多く、私たちが座れたのは敷き詰められたビニールシートの間だった。

「いや〜いいね、この感じ」

「お祭りって感じだね」

熱々のたこ焼きを頬張る穂花は、時折「あちっ」と唸りながら、でも幸せそうな表情を浮かべている。

「永遠もお祭り久しぶりなんじゃない?」

「そうだな。三年ぶりぐらいだ」

「うわ、萎れてる! 青春がもったいない! あんた今まで夏休み何してたのよ」

「何って、夏休みは父さんの手伝いで忙しいんだよ」

「お父さんって、漁師の?」

「そう。夏は決まって俺も海に出てる。風が気持ちいいしな」

「へえ、偉いね」

気がつけば自然と神林と言葉を交わしている。穂花がいるだけで、その場が明るくなるし私たちは気兼ねなく話ができる。もしかしたら穂花は、私たちの関係をどうにかしたくて今日神林を呼んでくれたのかな。
そういう気遣いを、さらりとやってのけるのが穂花だ。彼女とは去年からの付き合いだけど重々分かっていた。