おかしい。
今日一日、遠藤柚乃のことを考えながら過ごした。彼女の取り巻きたちを観察して、なにか彼女について分かることがないかと思っていたのだけれど。
柚乃と仲の良い友人たちは、今日お互いに全然話している様子がない。普段なら昼休みにでも集まって駄弁っているのだが、そんな素振りがまったくないのだ。というか、彼女たちは互いに意識をしている様子がなく、なんなら友達であるのかすらも怪しいくらい、個別に行動をしていた。
「春山さんどうかした?」
「わっ」
昼休みに自分の席で教室をぼんやり眺めていると、視界の中に神林の顔が映り込んだ。
「驚かせてごめん。そんなつもりはなかったんだけれど」
「も、もう。びっくりしたじゃん」
最近、彼は私に話しかけてくれることが多い。ついこの間まで彼のひととなりを知らなかった私は、最近の神林のことを新鮮だと感じている。
「あ、昨日は上履き見つけてくれてありがとう」
本当は朝一番にお礼を言わなくちゃいけなかったんだろうけど、遅刻したうえに柚乃が消えるというおかしな現象に見舞われて、それどころではなくなっていた。
ようやくお礼を伝えると、神林はなぜか数回瞬きをして、「え」と漏らした。
「上履き……て、何の話だっけ?」
教室中の空気が止まったみたいだった。きょとん顔の神林は、こめかみをポリポリと引っ掻いた。私は彼の発言の意味が理解できずにその場で固まってしまっていた。
「……何の話って、ほら。昨日私が遠藤柚乃に隠された上履きを、神林が一生懸命探してくれたんじゃない」
「エンドウユノ……?」
神林は異国の言葉でも唱えるかのように、眉を寄せた。
「どうしたの? 教室の女王さま。柚乃のこと、忘れちゃった……?」
それ以上、知りたくない。
そう思いながらも、私は彼に言葉をぶつけることをやめられない。
「ごめん。それって誰のこと?」
それが、決定打だった。
私は耐えられなくなって、教室を飛び出した。昼休みがあと5分で終わるという頃だ。
神林は柚乃のことを覚えていない。演技でもなんでもなく、本気で困惑の表情を浮かべていた。たぶんそれは彼に限った話ではないのだろう。2年2組の全員が、柚乃についての記憶が抜け落ちている。聞くまでもなく肌で感じ取ることができた。
私は、そのまま校舎を駆けていく。外からザーッと雨が地面を打ち付ける音が聞こえた。今年の梅雨入りは例年より早いのだとこの間のニュースで見た。梅雨って早く始まったところで必ずしも早く終わるわけじゃない。だったら、早く始まるだけ損じゃん。走りながら、どうでもいいことを思う。
途中すれ違う生徒にぶつかりそうになりながら、下駄箱まで一直線に走った。5時間目の始業のチャイムが頭上から降り注ぐ。下靴に履き替えもせずに、校舎から飛び出した。今度は冷たい雨が身体に打ち付ける。ポケットにICカードが入っているのを確認して、やってきたバスに飛び乗った。乗客の何人かが、上履きのままでびしょ濡れの私を見て何事かと驚いているのが分かった。私は誰とも目を合わせないようにして、一番後ろの席に座った。
何も見たくないし、知りたくない。
自分に蓋をして溶けて消えてしまいたかった。
きっと今頃、教室に戻らない私を先生が不審に思っているに違いない。もしかしたら誰かに探しに行かせているかも。それとも、神林が先に先生に事情をすべて話しているだろうか。
雨の水滴が張り付いたバスの車窓から、歪む世界を見つめながら、私は思考をぴたりと閉じた。
今日一日、遠藤柚乃のことを考えながら過ごした。彼女の取り巻きたちを観察して、なにか彼女について分かることがないかと思っていたのだけれど。
柚乃と仲の良い友人たちは、今日お互いに全然話している様子がない。普段なら昼休みにでも集まって駄弁っているのだが、そんな素振りがまったくないのだ。というか、彼女たちは互いに意識をしている様子がなく、なんなら友達であるのかすらも怪しいくらい、個別に行動をしていた。
「春山さんどうかした?」
「わっ」
昼休みに自分の席で教室をぼんやり眺めていると、視界の中に神林の顔が映り込んだ。
「驚かせてごめん。そんなつもりはなかったんだけれど」
「も、もう。びっくりしたじゃん」
最近、彼は私に話しかけてくれることが多い。ついこの間まで彼のひととなりを知らなかった私は、最近の神林のことを新鮮だと感じている。
「あ、昨日は上履き見つけてくれてありがとう」
本当は朝一番にお礼を言わなくちゃいけなかったんだろうけど、遅刻したうえに柚乃が消えるというおかしな現象に見舞われて、それどころではなくなっていた。
ようやくお礼を伝えると、神林はなぜか数回瞬きをして、「え」と漏らした。
「上履き……て、何の話だっけ?」
教室中の空気が止まったみたいだった。きょとん顔の神林は、こめかみをポリポリと引っ掻いた。私は彼の発言の意味が理解できずにその場で固まってしまっていた。
「……何の話って、ほら。昨日私が遠藤柚乃に隠された上履きを、神林が一生懸命探してくれたんじゃない」
「エンドウユノ……?」
神林は異国の言葉でも唱えるかのように、眉を寄せた。
「どうしたの? 教室の女王さま。柚乃のこと、忘れちゃった……?」
それ以上、知りたくない。
そう思いながらも、私は彼に言葉をぶつけることをやめられない。
「ごめん。それって誰のこと?」
それが、決定打だった。
私は耐えられなくなって、教室を飛び出した。昼休みがあと5分で終わるという頃だ。
神林は柚乃のことを覚えていない。演技でもなんでもなく、本気で困惑の表情を浮かべていた。たぶんそれは彼に限った話ではないのだろう。2年2組の全員が、柚乃についての記憶が抜け落ちている。聞くまでもなく肌で感じ取ることができた。
私は、そのまま校舎を駆けていく。外からザーッと雨が地面を打ち付ける音が聞こえた。今年の梅雨入りは例年より早いのだとこの間のニュースで見た。梅雨って早く始まったところで必ずしも早く終わるわけじゃない。だったら、早く始まるだけ損じゃん。走りながら、どうでもいいことを思う。
途中すれ違う生徒にぶつかりそうになりながら、下駄箱まで一直線に走った。5時間目の始業のチャイムが頭上から降り注ぐ。下靴に履き替えもせずに、校舎から飛び出した。今度は冷たい雨が身体に打ち付ける。ポケットにICカードが入っているのを確認して、やってきたバスに飛び乗った。乗客の何人かが、上履きのままでびしょ濡れの私を見て何事かと驚いているのが分かった。私は誰とも目を合わせないようにして、一番後ろの席に座った。
何も見たくないし、知りたくない。
自分に蓋をして溶けて消えてしまいたかった。
きっと今頃、教室に戻らない私を先生が不審に思っているに違いない。もしかしたら誰かに探しに行かせているかも。それとも、神林が先に先生に事情をすべて話しているだろうか。
雨の水滴が張り付いたバスの車窓から、歪む世界を見つめながら、私は思考をぴたりと閉じた。