だが、わたしの悲劇は終わらなかった。
「あのっ、遠野さん……」
なんと、倉敷さんは、昼食を摂ろうとしたわたしのところにやって来たのだ。
「ご飯……一緒に食べない?」
呆然とするわたしをよそに、彼女は自分で持ってきたお弁当を掲げて、そんな提案をしてきた。
これはマズいな。
直感的に、そう思った。
ここでわたしが、倉敷さんを拒絶したら、間違いなくクラスメイトの目に映ってしまう。
人の少なかった朝の教室とは状況が違うのだ。
もし断れば、わたしの評判を悪くなるかもしれない。
だから、今のわたしは朝とは違って拒否が存在しない。もしかして、この子はそんなことまで計算して、話しかけてきたのだろうか?
いや、それはさすがに考えすぎかと頭を悩ませていると、わたしが一向に口を開かないことを不審に思ったのか、倉敷さんは慌てて、こんなことを付け足した。
「えっと、一旦、外に行ってみない?」
「外……?」
「うん、そっちのほうが遠野さんもいいかなって思って……」
外に行くという倉敷さんの提案は、わたしにとっても価値がある交渉内容だった。
この宿木中学校は昼食を教室で摂る生徒が半分くらいで、残りは外に出掛けて食べていることが多い。
というわけで、ここでわたしが倉敷さんと教室を出ても、不自然ではないはずだ。
それに、周りの目を気にせずに話すことができる、絶好の機会だ。
「うん、わかった」
素っ気ない返事だったはずなのに、倉敷さんは頬を緩ませてにこっと微笑んだ。
昨日は気づかなかったけど、可愛らしい笑顔をする子だな、なんて思ったりもした。
目立たないタイプだけど、それなりに愛嬌があって周りからも好かれそうだ。
でも、逆にいえば、無駄に愛想を振りまいているようにも見えるかもしれない。
そんな人間が、周りからどう思われるかなんて、容易に想像がついた。