朝、目が覚めたら知らない天井が見えた。

 その瞬間、生まれて初めて味わうような高揚感が生まれる。


 わたしは、あの家族から解放された。

 そんな現実が、今まさに目の前で広がっている。

 いっそのこと、このままベッドから出たくない気分だ。


 ――と、思っていたのだが、部屋の扉が勢いよく開かれた。

「おはよう愛美(まなみ)ちゃん! 朝だよ!」

 子供のようにはしゃぐこの声を聴いて、わたしの中で思い浮かぶ人物像は1人しかいない。

「……おはようございます。由吉(ゆきち)さん」

 まだ半開きの瞼をこすって、わたしはしっかりと由吉さんに挨拶をした。

 おお、わたしってちゃんと「おはようございます」って言える人間だったんだと気付いて、自分自身で驚く。

 誰かに挨拶をすることなんて、随分と久しぶりだ。

 しかし、そんな感動に浸っていることなど露知らず、由吉さんはわたしが返事をしてくれたのが余程嬉しかったのか、無精ひげを触りながら、にこやかな笑顔を浮かべていた。

「いやー、今日から愛美ちゃんも学校だからさ。寝坊しちゃいけないと思って起こしにきたんだよ」

 あ、そっか。

 昨日は日曜日だったから、早速わたしは今日から学校に行かなくちゃいけないんだ。

「本当はもっとゆっくりさせてあげたかったんだけどね。手続きとかも僕たちが済ませちゃったし」

「いえ、むしろ助かりました」

 わたしにしては珍しく、偽りのない感謝の気持ちを述べる。

 由吉さんが言ってくれたように、本来はわたしも一緒に学校に行って手続きを済ませなきゃいけなかったんだけど、面倒なことは全部由吉さんたちがやってくれた。

 その時のわたしは、ただあの忌まわしい家で、じっと解放されることを待っていただけだ。

 そして、わたしが転校することを知っても、同級生たちはまるで関心のない様子だったし、先生からも特に理由を聞かれることなく別れを済ませた。

 わたしがあの家族と一緒に暮らしていた跡を消していくように、わたしは何の未練も残さずに去っていったのだ。

 きっと、もうあの町には、わたしがいたという証拠は全て消えているはずだ。

 それが、わたしが望んだことだから。