『ごめんなさい。正直に言えば、わたしは愛美ちゃんのことを覚えていないの。だけどね、顔を見た瞬間、この人がわたしの知っている愛美ちゃんだってすぐわかったし、わたしの大切な友達だってことも、不思議とわかっちゃったんだ』

 どうしてだろうね? とほほ笑む智子に、わたしは「知らないよ」と、ぶっきら棒に答えていた。

 こんな時にでも、わたしはこういう態度しか取れない。

 どうやら人間は、そうそう自分の性格を変えられないらしいと思った瞬間だった。

 それでも、智子はわたしの返事を聞いて満足げな顔をしていた。

 こうして、わたしと智子の関係は、少しずつ修復していっている。いや、修復というよりは、再構築、という言葉が、一番しっくりくるだろうか?

 とにかく、今日もわたしはこうして、智子の傍にいることができている。


 ――だけど、こうして智子と一緒に過ごす時間も、残りあとわずかだった。


「愛美ちゃんと会えなくなるの……寂しいな……」

 ふいに、智子がそう呟いた。わたしは、何も返事をしなかった。

 余計なことを言ってしまいそうな気がしたから。

「でも、私が転校しちゃって一番困るのは、愛美ちゃんなのかな?」

「なんで?」

「愛美ちゃん、わたしがいないとクラスで浮いちゃってるでしょ? なんかそんな感じがする」

「浮いてないよ」

 無駄に鋭いのは変わっていないな、この子は……。

 半目で呆れたように言うわたしだったけど、その表情が面白かったのか、クスクスと笑い出す智子だった。

 そんな智子の様子を見られるのも、もう最後かもしれない。

「今週の休みには、もう転院するんだっけ?」

 わかっていることだったけど、確認するように、智子に問いかける。

「うん、お父さんたちが、そっちの病院のほうがいいんじゃないかって……」

「……そっか」

 いつものように愛想のない返事をするわたし。

 智子を、そしてわたしを襲った悲劇は、由吉さんたちの助力により、解決した。

 いや、根本的な解決なんて何一つしていないのかもしれないが、それでも結果だけを見れば、霧島(きりしま)たちの逮捕、という形で幕は下りた。

 そのニュースは、別段大きなニュースとして取り上げられることもなく、学校側と警察で情報操作をしたのかも、わたしには全く興味のないことだったが、もう二度と、わたしと智子が、霧島と伊丹に遭うことはないと、由吉さんが教えてくれた。

 それでも、智子はこの街から、去らなくてはいけないことになった。

 彼女の心情を考えると、この街にいるよりは、のどかな田舎である両親の実家にいるほうがいいということだった。

 仲が悪いと智子から聞いていた親子関係は、それなりに、少しずつ歩み寄っているようだ。

 たしかに、この街には彼女にとって、忌まわしい思い出しか残っていなくて、たとえ本人が忘れてしまっていても、いつ思い出すかわからないのだ。

 こうして、わたしと話していることさえ、本来は危険な行為なのかもしれない。

 それでも、本当は智子にはずっとそばにいて欲しかった。

 そう伝えたかったけど、これ以上、彼女に迷惑をかけてはいけない。

 きっと、この子はわたしが引き止めると、両親に反発して、この街に残ることを選択するだろう。

 智子は、そういう子だ。

 だから、わたしのわがままで、これ以上、この子を縛ってはいけない。

 でも、せめて最後ぐらい、ちゃんと伝えよう。

 わたしの気持ちを。