記憶障害。
看護師の人から聞いた、智子の病名だ。
人間の脳は自我を保つために、辛い記憶を意図的に忘れてしまうということがあるらしい。
そんなこと、フィクションの世界だけだと思っていたけれど、それがあの日の夜以降、智子に実際起きてしまった現象だった。
つまり、智子は自分がどんな目に遭って入院生活を強いられているのか、一切覚えていないのだ。
それ自体は、わたしは良かったと思っている。
あんな酷いことをされた記憶なんて、さっさと忘れてしまったほうが、智子のためだ。
だが、その後遺症、とでもいうべき代償が発生した。
智子は、わたしと過ごした時間も、一緒に忘れてしまったのだという。
連鎖的な……現象だったのだろう。結果を忘れるためには、過程も忘れなくてはいけないのは必然で。
この場合、智子がこうして病院のベッドで過ごすことになってしまったのは、わたしに出会ってしまったからだ。
でも、智子はわたしたちがどういう風に出会って、どういう風に過ごしていたのかは忘れてしまっていたけれど、わたしのことを『友達』だとは、覚えてくれていた。