何故なら、由吉さんが、包丁の刃の部分を、がっしりと握ってしまったからだ。
ポタポタと、真っ赤な液体が、滴りおちる。
「……ひっ」
過呼吸を起こしているんじゃないかと思うくらいに、肺が苦しくなる。
汗が噴き出す。
身体が今まで以上に、震えはじめる。
「どうしたんだい、愛美ちゃん?」
由吉さんが、何かをわたしに問いかけてきたような気がするが、全く耳に入らなかった。
「パパッ!」
憂ちゃんが、くしゃくしゃになった顔で、自分の父親を呼ぶ。そんな憂ちゃんを久瑠実さんが抱きかかえながら、わたしを見る。
久瑠実さんの瞳からは、わたしに対する憎悪なんて感じられなかった。むしろ、愛情に近い、そんな感情を帯びているように、わたしには見えた。
こんな状況になってさえ、久瑠実さんは、わたしのことを、そんな目で見てくれた。
「これでわかったかい、愛美ちゃん。君には、人を傷つけることなんて、できないんだよ」
由吉さんが、包丁の刃を握ったまま、わたしに言った。
わたしはただ、ブルブルと震えて、焦点の合わない視線を、由吉さんに向けるだけだった。
由吉さんは、話を続ける。
「君はいつも、僕たちと壁をつくって、近づかないようにしていたね。その理由が、やっとわかったよ」
そして、わたしにこう告げた。
「愛美ちゃん。もう自分を苦しめる真似はやめるんだ。これじゃあ本当に、君は幸せになれなくなってしまう」
いいかい、愛美ちゃん……と、由吉さんは、いつものような……ずっとわたしに見せてくれた快活な笑顔で、言った。
「君が不幸になる理由なんて、なにひとつないんだよ」
そして、由吉さんはわたしにはっきりと、こう告げた。