「お願いします……そこをどいて下さい。じゃないと、わたしは、あなたたちも傷つけてしまうことになります」

 両手で柄を握って、臨戦態勢をとって、動こうとした。

 だけど、わたしの動きより早く、由吉(ゆきち)さんが動いた。

愛美(まなみ)ちゃん……」

 わたしの名前を呼びながら、一歩ずつ、確実に、近づいてくる。

「こっ、来ないで!」

 わたしは、叫んで、由吉さんを威嚇する。

 それでも、由吉さんは、こちらにくるのをやめない。

 ブルブルと、しっかり握っているはずの包丁が、小刻みに震えだす。

 そして、わたしがちょっと前に手を伸ばせば、わき腹を刺せるくらいの距離まで由吉は近くにきた。

「愛美ちゃん、もう止めるんだ」

「こっ、来ないでって言ってるでしょ!」


 呼吸をするのが苦しいくらい、喉が熱くなった。

 覚悟、しなければならないときだった。

 わたしは、震える手を無理やり動かそうとした。


「……………………えっ」


 だが、できなかった。

 包丁を、1ミリたりとも、前に動かせなかった。