「ま……なみ、ちゃん?」
ゴミ箱の中から、声が聞こえた。
「と……もこ?」
聞き間違いだったかもしれない。
でも、微かな声で、確かにわたしを呼んでくれる声が聞こえた。
わたしの中で、スッと、最後に残っていた人間の部分が、戻ってきたような気がした。
「ひっ、ひいいいっ!」
わたしが手を離したら、伊丹は悲鳴を上げながらどこかへ去っていったが、わたしにとっては、どうでもいいことだった。
そのあとは、自分でも驚くくらい冷静に動くことができた。
智子を、こんな場所にいさせてはいけない。
わたしは、智子の身体を引きずりだすために、ゴミ袋だらけのボックスの中に手を伸ばす。智子の肌に触れると、温かくて……少しだけ呼吸で身体が動いているのがわかった。
わたしは、そのことに安堵する暇もなく、重いっきり智子の身体を引っ張る。だけど、中学生の女じゃ、少しだけ起き上がらせるだけで、精一杯だった。
しかし、それが結果的に、全体のバランスが傾いて、そのおかげでゴミが詰められていたボックスが、騒音とともに倒れた。
ゴミと一緒に、智子の身体も外へと放り出されて、わたしは彼女の身体を、やっと抱きかかえることができた。
同時に、今度はしっかりと、智子の姿をみることになった。
服は、手で乱暴に引き裂かれたようにビリビリに破れて、白い下着が露出している。
肌は、痣とネズミ張りが酷かった。内出血を起こしているのか、紫色になっている箇所が目立つ。
髪は汚い油に混じってしまって、ベドベトだったけど、わたしはその髪に触れて、彼女の名前を呼んだ。
「とも……こ」
「……あはは、おかしいな。愛美ちゃんの声が聞こえるよ」
目を開かずに、智子が口を動かした。小さな声だったけど、ちゃんとわたしの耳に届く。それが聞けただけで、わたしは震えが止まらなかった。
しかし、智子はわたしに構わず、告げる。
「私、やっぱり愛美ちゃんに迷惑かけちゃってばかりだね」
「もう……しゃべらなくていいよ……」
「こういう風に……ならないために、愛美ちゃんは……、わたしを遠ざけようとしたんだよね?」
「しゃべるなって言ってんでしょ!」
大声で叫ぶが、それでも智子は、少しだけ笑って、話す。
「私……ちゃんとわかってるよ? 愛美ちゃんが、本当はすごく優しい人だって……」
だからね、と智子は微笑む。
「わたし、ずっと愛美ちゃんと本当の友達になりたかった。教室でおしゃべりしたり、好きなテレビの話をしたり、お気に入りの本の話をしたり、したかった」
智子は、一度も目を開けなかった。ただぎゅっと、わたしの制服を握るだけだった。
「私、愛美ちゃんが心から笑ってる姿、一度も見たことなかった。それが、すごく悔しい。きっと、私じゃ愛美ちゃんを笑顔にさせてあげることが、できないんだね」
悔しいよ……と呟く智子は、掠れた声でわたしに告げる。
「ごめんね、愛美ちゃん。ほんとうに……ごめんね」
それを最後に、電池が切れたかのように、智子は動かなくなった。
ただ、胸のあたりはちゃんと規則正しく、上下していた。