蓮さん。あなたはやっぱり、油断ならない人です。
わたしが警戒していたにも関わらず、あなたはわたしの正体にいち早く気づいて、そして、わたしの力になろうとしている。
だけど、あなたは最後に失敗した。
そのまま、わたしの制服を剥ぎ取ったみたいに、力ずくでわたしから話を聞けば、わたしは吐露していたかもしれない。
でも、蓮さんは最後まで、わたし自身が助けを求めるように説得してきた。
あなたは、優しさの片鱗をみせた。
この家族の特徴である、無償の愛のようなもの。
お互い助け合って、どんなことでも一緒に乗り越えようとする思想。
それは、わたしの精神を逆なでる、最悪の材料だっ!
「あなたには……あなたたちには、関係ないっ!」
家中に響き渡る、大声だった。
さすがの蓮さんも、わたしのそんな反応は予想していなかったのか、一瞬だけ、わたしを押さえつける力が弱まった。
そのとき、さらにわたしたちの予想しない出来事が起こった。
ガチャ……と、玄関のドアノブが動く音がしたのだ。
蓮さんの目が、玄関のほうに向く。
その瞬間を、わたしは見逃さなかった。
力のゆるまった蓮さんの手を振りほどいて、落としてしまった鞄を拾ったあとは、一目散に階段を駆け上がった。
勢いよく自分の部屋に駆け込んで、急いで鍵をかける。
蓮さんが、わたしを追いかけてきている気配はない。
「ただいまー。ってアレ? 蓮お兄ちゃん、どうして家にいるの? 塾は?」
わたしがドアの前で膝をついた頃に、玄関から呑気な憂ちゃんの声が聞こえてきた。
「あっ、うん……ちょっと急に体調が悪くなってね……それより、随分帰ってくるのが早かったな、憂」
「うん、なんかみんな明日小テストがあるから早めに帰って予習するんだってさ。たかだか小テストなのに、みんなはりきりすぎって、あたしは言いたかったんだけど……って愛美ちゃんも帰ってきてるの?」
わたしの玄関の靴でも確認したのだろう。憂ちゃんがそう蓮さんに尋ねた。
「……ああ、さっき帰ってきたところだよ。彼女もまだ体調が優れないみたいだから、静かにするんだぞ」
「えっ、そうなんだ? 昨日も風邪っぽいって言ってたし、もしかして季節外れの風邪がうちで流行ってるのかなー?」
「そう思うなら、憂もすぐに手を洗っておいで」
「はーい。そうするねー」
そんなのどかな会話が、わたしの耳に入ってくる。
もしかしたら、そのまま蓮さんがわたしを追いかけて部屋にやってくるかもしれないと思ったが、彼はリビングへと向かったのか、2階に上がってくる気配はなかった。