「やぁ愛美(まなみ)ちゃん。おかえり」

 玄関のまえに立っていたのは、高校の制服を着た蓮さんだった。

 端正な顔立ちで口角を上げる彼に、わたしは震える声で、尋ねる。

「蓮さん……どうして、ここに」

「ん? おかしなことを聞くね、愛美ちゃんは。ここは僕の家だから、居ても不思議じゃないだろ?」

 わたしが聞きたいのはそんなことじゃない。

 それは、蓮さんもわかっているはずなのに、彼は澄ました顔で笑うだけだった。

 しかし、このままはぐらかされると思っていたのだが、蓮さんはあっさりと、わたしに告げる。

「今日はね、塾をサボってきたんだ。たまには僕だって、そういうことをする人間ってことだよ」

 優しい声色で、だけど、どこか含みのあるその言い方は、正直いえば、わたしの心を見透かされているようで、怖いと思った。

「それとも、僕が塾をサボってここにいることが、愛美ちゃんにとって何か不都合があるのかい?」

「いえ……そういうことじゃあ……」

 不都合ってほどではないはずだ。

 だけど、ここに留まり続けることが正解じゃないことくらいはわかった。

「あの……、わたしは部屋でゆっくりしています」

 だから、わたしはこの場から一刻も離れたくて、足早に2階へと上がろうとする。

「ちょっと待って」

 だが、蓮さんは、素早い動きでわたしの腕を握って、止めようとした。

 蓮さんにとっては、ただわたしを引き留める為の行動だったのだろう。

 でも、わたしにとっては違った。


 その映像が、わたしの中で昨日の出来事とシンクロしてしまう。


 どうしようもない恐怖が、増幅して、わたしを襲う。


「やめてっ!」

 蓮さんに腕を掴まれる寸前に、彼の腕を思いっきり叩いてしまった。

 持っていた鞄も、勢いよく落ちてしまう。