「ねぇ、遠野さん。何かやったの?」
「……何かって、なに?」
「いや、あの人たち、悪い人たちっていうか……不良というか……あまり評判のいい人たちじゃなくて……」
言葉を濁しながらも、彼女たちのプロフィールを必死にわたしに伝えようとしている限り、彼はクラスメイトを慮るくらいには優しい人なのかもしれない。
まぁ、別にわたしはその優しさに感化されるなんてことはないのだけれど……。
しかし、不良、ねぇ。
そう呼ばれる人たちが現代にも存在しているのかと思うと、恐ろしいを通り越して、時代遅れで笑ってやりたいところであったが、そこはぐっと我慢して、わたしはクラスメイト(多分だけど)の男子生徒にお礼を言った後に、廊下まで向かった。
案の定、わたしが教室から出ると、明らかに不満そうな声で尋ねてきた。
「あんた、ついこの前転校してきた遠野愛実で間違いないわよね?」
耳にピアスの穴を空けた跡が残っている女子生徒が、わたしにそんな質問をする。
おいおい、こういうときはまず自分から名乗りをあげるものなんじゃないんですか? と言いたかったけれど、口には出さずにしておいた。
「はい、そうですけど……」
わたしが彼女に質問に答えると、
「ツラかしなよ」
と、もう一人の女子生徒、不自然なくらいに唇が紫色になってしまっている香水臭い女がわたしに指示してきた。
うわー、マジで不良みたいな言い方だ、と、ある種の感動を覚えたところで、がっちりと腕を掴まれてしまった。
制服の上からでも、跡が付くんじゃないかと思うほどの強い力だった。
「あの……痛いんですけど……」
「うるさい。いいから来なよ」
そう言うと、香水女は、ずんずんとわたしをひきずるような形で校舎外に連れてきた。
その間、すれ違う生徒たちに不穏な目で見られることが多かったけれど、みな我関せずという形で、わたしたちから距離を置いて、話しかけることもなかった。
それを無慈悲だと思うほど、わたしは人間に希望を持ってはいない。
うん、君たちは大正解だよ。
余計なことに首をつっこむのは、馬鹿のやることだ。
優しさなんて、生きていく上では、全く必要のない感情だから。