「……ねえ、愛美ちゃんはさ、覚えてる?」

 しかし、智子が小さな声で言葉を紡ぎ始めた。

 それは、わたしに語り掛けているというよりも、独り言を呟いているような感覚だった。

「私が、愛美ちゃんと似ているかもしれない、って言ったこと」

「……忘れた。あんた、そんなこと言ってきたんだ、わたしに」

 わたしは、いつものように平気で嘘を吐く。

「うん、それ、何でだったと思う?」

 しかし、智子はわたしの返答を無視して、話を続けた。

「私も一緒なんだ。誰も自分のことを見てくれなくて、本当に私はここで生きているのか? って疑問に思うことがあるの」

 わたしは、首だけを動かして、智子を見る。

 彼女は下を向いたまま、こちらを見てこない。

 わたしの視線だけが一方的に、彼女を捉える。

「これも、愛美ちゃんに言ったことだけど、私、家にいるのがちょっと気まずくて……。私のお父さんね……私のお母さんと離婚して、今は別の人と結婚しているの」

「…………そう」

 事情を知ったところで、わたしが打てる相槌などこの程度だった。

 同時に、それだけ言ってくれれば、智子が今いる環境がどういったものなのかも、ある程度想像できる気がした。

「私の本当のお母さんはね、その、お父さんと結婚しているのに別の男の人とそういう関係になっちゃって、ある日、突然家から出て行ったの。事情を知らない私は、お父さんから教えてもらったけれど、その時はまだ小学生だったから、何も分からなかったんだ」

 そこで、智子はフフッ、と笑みを浮かべる。

「本当に、テレビの中のお話を聞いているみたいだった。それどころか、私はお父さんが嘘をついているんだって思ってたくらいなの。でも、お父さんの話は、全部本当のことで、私たち家族は、お母さんに捨てられたんだ」

 そういった時の智子の声は、とても、とても冷たいものだった。

 でも、わたしには、智子の声に聞き覚えがあったような気がしたのだ。

 そう、この子が家族の話をするときは、わたしが家族の話をするときと、全く一緒なのだ。

「それから、お父さんともあまり仲が良くなくて……きっと、お父さんも、新しいお母さんを見つけたのは、私と家にいるとお母さんのことを思い出すからだと思うんだ。お父さんは、新しい家族が欲しかったんだと思う……」

 そして、智子にもまた、歪な新しい家族が出来上がった。

「でも、わたしはそんなもの欲しくなかったの。私の家族は、たったひとつしかなかったのに……どうして、お母さんは私たちを……捨てちゃったんだろね……」

 智子は、自分の左手で、右腕をぎゅっと握りしめていた。

 わたしは、智子に対して、何の言葉も投げかけない。

 ただじっと、この子の隣にいることが、今のわたしに課せられたことなのだと勝手に納得をしていた。