時を知らせる秒針の音だけが鳴り響く。それほど大きな音ではないのに、無言の時間にだけは耳障りだと感じる。
何もない空間で氷が溶けた。それと海堂が口を開いたのは同時だった。
 

 「じゃあ……学校で何かあったとか」

 今までわざと避けていたように思える質問が来て、清宮は姿勢を戻して向き合った。


 この流れはよくあるカウンセリングのようなものだと思い、話をはぐらかすという考えが頭をよぎる。いつものように大丈夫だと笑い、何ともないからと話を終わらせる。それでいいと思っていた。



 『話、聞くから。』
 海堂の言葉が脳裏で再生される。


 「特に何も。ただ、生きることがしんどいなって思ってる。だから死のうかなって」


 その言葉に一番驚いたのは清宮自身だった。
 なぜ本音を言ってしまったのだろうと、下を向いて手を握りしめる。
 しかしそこから湧き上がってきた感情はマイナスなものではなかった。


 「私、人とあまり話さないから。決められた枠からはみ出さないように、目立たないように、周りに合わせてたんだ」

 気づいた時には強く固めていたはずの栓が外れ、言葉が出ていた。

 「次第に人の顔色とか声色とか無駄な情報も入ってくるようになって。隣で話してるグループの会話も陰口も聞こえてくるようになった。最初は耳がいいからだと思ってたけど、高校生になって初めて気づいたんだ。自分は人の声や表情を読み取ってるんじゃなくて、人が表に出さない"心の声"も受け取ってるんだって」

 馬鹿みたいな話だと思われるかもしれないが、元々感受性が高く、その延長線上でついてしまった能力ではないかと清宮は考えている。

 「話し相手の悪口も、教師の評価も、助けて欲しいって声も。相手のこと全然知らないから無視してればいいのに、無関心になれなくて。聞こえたからって自分に何かできるわけじゃないけど、一度耳に入ると気になって眠れなくなる」


 話している最中、清宮とは一度も目は合わない。
 彼女にしか分からない景色を他人が想像することはできない。だからこそ海堂は尋ねた。


 「誰かに相談しなかったのか?」


 その問いに清宮は嘲笑う。


 「できないでしょ。聞こえる声は私の妄想でしかないのかもしれない。話せば病気だって言われるか、信じてくれたとしても、みんな声を聞かれないように私を避けるよ」


 彼女にとって触れられたくないことに触れようとしている。緊張感と焦りが入り交じり、冷や汗が海堂の頬を伝う。

 「誰にだって知られたくないことはあるでしょ。あ、でもお兄さんの心は聞いてないから、大丈夫」

 「そんなことできるのか?」

 「自分の中に入ってくる相手の声を意図的に遮断してるだけ。これ身につけるのに一年かかった」

 自分の話を聞いてくれるって言った人の心の声なんて聞きたくないでしょ?と作り笑いの清宮と目が合った。それにどうしようもなく胸が締め付けられる。


 「それが原因で……?」


 「それも……ある」


 その含みのある発言に海堂は踏み込む。
 

 「聞いてもいいか?」

 彼の言葉に清宮は微笑む。


 「そうだね、愚痴みたいになっちゃうんだけど、いいかな」


 海堂は頷いた。
 それを見た清宮は、グラスのお茶を飲み込んで話し始める。

 「生きるのがしんどいと思う理由は、自分の考え方にあるんだろうけど……生きていれば何とかなるって言うでしょ?何とかなるのは分かったから、その何とかなる生き方を教えて欲しいって言うか」

 落ち着いたトーンで話す清宮。その視線は下を向いていた。

 「なんとかなる生き方はそれぞれだろうけど。生きていれば楽しいこともあるだろ」


 「知ってる。上手く生きてる人ならそう思えるんだろうけど、私にとっては全部どうでもいいの。死ねば全部終わるから」


 ……。


 何も返せなかった海堂に清宮は例え話をする。