「ええ、確かにそうかもしれません。村人たちと同じ服を着れば、旅人は『目障り』ではなくなるのかもしれない。でも旅人はそうは思わなかったのです。服を着替えたところで、髪の色や肌の色、顔立ちや体つきや、歩き方や話し方といったものが変わるわけではないのですから。
 旅人はこう思いました。彼らは旅人の足音や食べ方や服装が気に入らなかったのではなくて、そもそも『旅人』という存在自体が気に入らなかったのだと。
 ……人を嫌う具体的な理由なんてものは、結局は便宜的なものなんですよ。人を嫌う気持ちというのは、本当はもっと漠然(ばくぜん)としていて、感覚的なものなんです。でもそれでは多くの人の同調を得られないから、人は具体的な『嫌いな理由』を見繕ってくるのです。その嫌いな人を非難したり、追い出したりするために。
 だからあなたがいくら自分の研究の倫理的正しさを説いたとしても、彼らが納得することは絶対にないでしょう。だって彼らは、あなたの研究が倫理的に正しくないからあなたを病院から追い出そうとしたのではなくて、あなたを病院から追い出すために、あなたの研究を具体的な『嫌いな理由』として挙げることにしたに過ぎないのですから」
「確かにね。そうかもしれない。……だがね、私も分からなくなってきたよ、私がした研究は、本当に正しかったのか?」
「どういうことですか?」
 ヤマトが訊ねつつ医師のほうを見ると、医師はその目に涙を浮かべ、全身を小刻みに震わせていた。
 馬は手綱から伝わってくる不明瞭な指示に困惑し、馬車は大樹海を見下ろす緩やかな坂の途中で止まってしまった。
「あれを見たまえ」
 そう言い医師が震える手で指さしたのは、木々がひしめく大樹海の中にぽっかりと空いた、異様な土色の空間だった。まるで崖から不可視の大岩が落ち、そこにあった木々を全て押し潰したかのようになにもない、地面だけの場所。分かれ道の前にあったあの「大沼」も、上から見下ろせばこういったふうに見えるのかもしれない。
「あそこにな、集落が、あったんだよ……うそつき村と、呼ばれていて……」