それに、本物のライラック医師に正直村で得た情報を伝えれば、いくらかの助力をいただけることになっている。
「王都へ戻るしかないな」
 ヤマトは自らに言い聞かせるようにそう呟く。王都へとんぼ返りだなんて本当に馬鹿馬鹿しいけれど、どうやらそうするほかなさそうだ。
 彼の決心を後押しするかのように、誰の手垢もついていないまっさらな朝日が顔を出す。やがてその光は少しずつ大沼に降り注ぎ、神秘的と評しても過言ではない美しい光の道を水面に浮かび上がらせた。
 まるで天上への道しるべみたいだ、とヤマトは思った。あるいはあの少女も、この光景を眺めるために毎朝切り株の上に立ち続けたのかもしれない。

 一台の馬車が森を抜け、天上への道を渡り始めていた。
 ヤマトはその馬車を見つけ、そうだ、自分も早く渡ってしまわなければと我に返る。
 しかしもう一段階冷静に思考を重ねてみると、なにも馬車が渡っている最中にわざわざすれ違いにいくことはない。光の道はそう広くはないし、馬だって慎重に歩みを進めている。池のただ中にいるようなものなのだ、ささいな要因で馬が暴れだしたとしてもなんら不思議はない。
 ヤマトは切り株の上に立ったまま、馬車が大沼を渡りきるのを表情を変えずにじっと眺めていた。
 やがてその馬車は速度を増し、ヤマトのいる分かれ道までやってくる。
「こんにちは」
 馬車を駆っていたのは若い女だった。女は頭をすっぽり覆っていた外套(がいとう)のフードを脱ぐと、使用人が主人の部屋をノックするときのような、確実かつ端的な声量で挨拶をした。
「こんにちは」
 ヤマトは人の良い笑みをたたえ返事をする。馬はようやく走り辛いポイントを抜けたのだからと、早くまた走りだしたいと言わんばかりに鼻息を荒くしていた。
「あなたの村へ行くには、どちらの道を行けばいいのかしら?」
 荷物を持たないヤマトの姿を見て、女は彼を近くの村の住人だと踏んだのだろう。つまり、正直村か、あるいはうそつき村の住人だと。
 ヤマトは依然として柔和な笑顔を浮かべたまま静かに片腕を上げ、遠き王都の方角を指さした。

         §

「ねぇ! 正直村への道はどっちかしら?」
 馬車を駆る女は、ヤマトが指さした方角を冷めた瞳で見つめた後、いらだった様子で馬車の荷台に話しかけた。
「んー?」