「旅人さん、聞いたよ。正直村に行きたいんだって?
 あすこはね、村へ行く途中に、深い深い、底なし沼みたいな湿地帯――『大沼』があるからね。
 だから朝早く、日の出からひと時の間にそこを通り抜けてしまわないと、村へはたどり着けないよ。
 本当はこれ、あまり人には言っちゃいけないことなんだけどね。
 なぜって? そりゃあ、正直村の住人はみーんなバカ正直だから。人を疑うことを知らない。
 ま、住人みーんなバカ正直だから、誰かがうそをついたり、騙そうとしてくるってことがなくて、耐性がないんだな。だからあまりよそ者を入れたがらない。騙されたくないから。
 矛盾するようだが、彼らはよそ者がうそをついて、自分たちを騙そうとしてくるんじゃないかと、そう疑っているんだね。
 なぜ日の出からひと時は大沼を通れるか? それは私にも詳しい理屈は分からんが。ありゃあまあ、たぶん日光の角度だろう。日の出からひと時は、沼のしっかりした部分が見える。汚れた川に油を注いだときみたいに、きらきらとな、踏みしめるべき道が光って見える。なんとか馬車も通れる。
 それで、……そう、お察しの通り、一つ頼みがあるんだ。
 旅人さん、正直村へ行ったら――」

         §

 王都にある馴染みの酒場で、店主に「今度は西へ向かうつもりだ」と話したら、それを聞いた酔客の一人が、「あんた旅人さんか。西といえば、西の丘陵(きゅうりょう)地帯のどこかに、正直村とうそつき村があるっていう話、あれは本当なのかね?」と口を挟んだのを皮切りに、「本当さ。あの有名なクイズは、実際にあった出来事なんだ」「クイズって、ガキのころに教わるやつか?」「そうそう。分かれ道にどちらの村人か分からない男が立っていて……」「なんで男なんだよ。美女じゃいけねぇのか」「知らないよ」「なんだっけ、とにかく『おまえの村に連れていけ』って言っときゃあ、そいつが正直者でもうそつきでも、正直村に連れてってくれんだろ?」「そもそもなんで正直村に行きたいんだろうな」「そりゃあ……あれだ、旅人さんに訊けよ」といった具合に話が勝手に膨らんでいき、最終的には頼みごとまでされてしまった。
 酒場で忠告された通り、正直村があるという丘への道は次第に不吉なぬかるみをみせ、やがて不自然に開けた場所へ出たと思ったら、そこが辺り一面の広大な湿地帯「大沼」だった。