***
「お姉さま、私はクソ妹ブームにのれたかしら?」
アドリアーナが部屋に戻ると、ニコレッタがまた高圧的に言ってきた。
「ええ、あなたはクソ妹よ」とアドリアーナは笑みを浮かべて言う。「とってもクソ優しい妹よ」
そこで両手でニコレッタの両手を包む。
「お姉さま……??」
「ニコレッタ、本当に婚約者はベルンハルト様で良いの? 私のことを思って、変更を言い出したのではないの?」
「どういうことですか?」
「私がコンラート様に想いを寄せているからって。それで譲ってくれたわけでは無いの?」
ニコレッタは、目を大きく見開いた。
姉に……、ばれている。
幼いころ、本当に十年以上も前の話。
母親主催のお茶会で、アドリアーナとニコレッタはお揃いのドレスを着て参加していた。
あまりにも退屈だから、二人はお茶会を抜け出した。ニコレッタは庭園の散策をはじめ、アドリアーナは花の世話をはじめた。すると、その庭の片隅に男の子がいて「何しているの?」と尋ねてきた。
「つまらないから、お花の世話をしにきたの」と答えると、男の子は珍しそうにその手元を見ていた。
枯れた花を取り除く、落ちた花弁を取り除く、そんな単純な作業を、男の子は黙って見ていた。
「あ」とアドリアーナが気づいたときには、その指に棘が刺さってしまった。赤いものがそこからゆっくりと出てきて、指の上にぷくっと山を作っている。
「けがをしたの?」とその子は尋ね、ハンカチでそこをおさえてくれた。
「ありがとう」
それから少し男の子と話をして、遊んで。今までにないくらいの楽しい時間を過ごしたことを覚えている。彼の話は、本を読んでいるようにころころ内容がかわり、そして非現実的な現実だった。
後で知ったのだが、その男の子の名前はコンラート。当時の騎士団副団長の三男。そして、今では妹の婚約者。しかも、コンラートが望んでニコレッタを婚約者に、と言ったらしい。
「お姉さま。昔、私の名前を使いましたよね?」
とニコレッタに言われる。アドリアーナは何も言わない、いや、言えない。
「コンラート様が、望んで私を婚約者にという話でしたので、なぜ望まれたのかを聞きましたところ、あのときのことを覚えているか、と言われました。私には何がなんだかさっぱり。コンラート様も不機嫌な顔になりましたわ。きっとこの方は、昔のニコレッタに想いを寄せていて、今のニコレッタには興味が無いのだと思いました。では、コンラート様が想いを寄せている昔のニコレッタはどこにいるのでしょう? お茶会を抜け出して花の世話をするようなニコレッタは、当時のことを考えると、お姉さま以外おりません」
きっぱりとニコレッタに宣言される。
「お姉さまは、ベルンハルト様との婚約が決まった、ということをお父さまがおっしゃったときには表情を変えなかったのに、私とコンラート様の婚約が決まったことを聞いたときには、かなり驚いた顔をされていましたわ。私はこのままコンラート様と一緒になっても幸せにはなれない。そして、お姉さまがベルンハルト様と一緒になっても幸せにはなれない。それならばいっそのこと、クソ妹ブームにのってみようかと思いました」
ニコレッタは笑む。
「私は、ベルンハルト様を魅力的な方だと思っています。きっとこれから、好きになります」
「ニコレッタ。あなたはベルンハルト様との婚約が嫌では無いの?」
「昔のニコレッタに想いを寄せていて、今のニコレッタに見向きもしないコンラート様よりは数百万倍マシです」
そこでニコレッタは、姉に捕らえられていた両手を放して、その手でそっと姉を抱き寄せた。
「私はお姉さまにも幸せになって欲しいのです。昔からお姉さまは、私にいろいろと譲ってくださいました。私は優しいお姉さまがいて、とても幸せです。でも、お姉さまは私のことばかりを考えて、自分のことを考えてくださらない。そろそろお姉さま自身の幸せを考えて欲しいのです」
「お姉さま、私はクソ妹ブームにのれたかしら?」
アドリアーナが部屋に戻ると、ニコレッタがまた高圧的に言ってきた。
「ええ、あなたはクソ妹よ」とアドリアーナは笑みを浮かべて言う。「とってもクソ優しい妹よ」
そこで両手でニコレッタの両手を包む。
「お姉さま……??」
「ニコレッタ、本当に婚約者はベルンハルト様で良いの? 私のことを思って、変更を言い出したのではないの?」
「どういうことですか?」
「私がコンラート様に想いを寄せているからって。それで譲ってくれたわけでは無いの?」
ニコレッタは、目を大きく見開いた。
姉に……、ばれている。
幼いころ、本当に十年以上も前の話。
母親主催のお茶会で、アドリアーナとニコレッタはお揃いのドレスを着て参加していた。
あまりにも退屈だから、二人はお茶会を抜け出した。ニコレッタは庭園の散策をはじめ、アドリアーナは花の世話をはじめた。すると、その庭の片隅に男の子がいて「何しているの?」と尋ねてきた。
「つまらないから、お花の世話をしにきたの」と答えると、男の子は珍しそうにその手元を見ていた。
枯れた花を取り除く、落ちた花弁を取り除く、そんな単純な作業を、男の子は黙って見ていた。
「あ」とアドリアーナが気づいたときには、その指に棘が刺さってしまった。赤いものがそこからゆっくりと出てきて、指の上にぷくっと山を作っている。
「けがをしたの?」とその子は尋ね、ハンカチでそこをおさえてくれた。
「ありがとう」
それから少し男の子と話をして、遊んで。今までにないくらいの楽しい時間を過ごしたことを覚えている。彼の話は、本を読んでいるようにころころ内容がかわり、そして非現実的な現実だった。
後で知ったのだが、その男の子の名前はコンラート。当時の騎士団副団長の三男。そして、今では妹の婚約者。しかも、コンラートが望んでニコレッタを婚約者に、と言ったらしい。
「お姉さま。昔、私の名前を使いましたよね?」
とニコレッタに言われる。アドリアーナは何も言わない、いや、言えない。
「コンラート様が、望んで私を婚約者にという話でしたので、なぜ望まれたのかを聞きましたところ、あのときのことを覚えているか、と言われました。私には何がなんだかさっぱり。コンラート様も不機嫌な顔になりましたわ。きっとこの方は、昔のニコレッタに想いを寄せていて、今のニコレッタには興味が無いのだと思いました。では、コンラート様が想いを寄せている昔のニコレッタはどこにいるのでしょう? お茶会を抜け出して花の世話をするようなニコレッタは、当時のことを考えると、お姉さま以外おりません」
きっぱりとニコレッタに宣言される。
「お姉さまは、ベルンハルト様との婚約が決まった、ということをお父さまがおっしゃったときには表情を変えなかったのに、私とコンラート様の婚約が決まったことを聞いたときには、かなり驚いた顔をされていましたわ。私はこのままコンラート様と一緒になっても幸せにはなれない。そして、お姉さまがベルンハルト様と一緒になっても幸せにはなれない。それならばいっそのこと、クソ妹ブームにのってみようかと思いました」
ニコレッタは笑む。
「私は、ベルンハルト様を魅力的な方だと思っています。きっとこれから、好きになります」
「ニコレッタ。あなたはベルンハルト様との婚約が嫌では無いの?」
「昔のニコレッタに想いを寄せていて、今のニコレッタに見向きもしないコンラート様よりは数百万倍マシです」
そこでニコレッタは、姉に捕らえられていた両手を放して、その手でそっと姉を抱き寄せた。
「私はお姉さまにも幸せになって欲しいのです。昔からお姉さまは、私にいろいろと譲ってくださいました。私は優しいお姉さまがいて、とても幸せです。でも、お姉さまは私のことばかりを考えて、自分のことを考えてくださらない。そろそろお姉さま自身の幸せを考えて欲しいのです」