今の玲人を取り巻く高校生活は、玲人が思っていたような『普通の高校生』とは程遠いだろう。あかねはあの時そう思い、教室での隣人というポジションに付けながらも、極力玲人と冷静に対応しようとし始めた。
「……どうしちゃったのよ、あかね。玲人くんでしょ? あんなに引退を嘆いて、私にその尊さを褒めちぎった玲人くんが目の前、隣の席に居るのに、あんたおかしくない?」
玲人の転校五日目からこっち、教室で玲人のことをうんともすんとも話題に出さなくなったあかねに、優菜はいぶかしげな顔をしてそう問うた。
「言わないで。私は玲人くんの夢を守るって改心したの。玲人くん、『普通の高校生になりたい』って言ってた。つまり、特別扱いが疲れちゃった、ってことでしょ? 今、ただでさえ学校内外が玲人くんでわいてるのに、今後ずっと私が隣の席で『玲人くん♡』って目で見てたら、玲人くん疲れちゃうと思うのよ」
なぁるほどね、と優菜は頷いた。
「まあ、確かに平凡な高校に舞い降りたスターだし、あれだけ外見が良ければ、ファンじゃなかった私まで、クラスメイトであることにちょっとドキドキするもんね」
アイドルに我関せずだった優菜の心を推しが動かしたかと思うと、何故か鼻高々になってしまう。
(そうなのよ! 玲人くんはそもそもの人としてのオーラが素晴らしいのよ! 人格者で、努力家! そして他人想いときたら、そりゃあ玲人くんに興味なかった優菜だってイチコロだわよ!!! さっすが玲人くん!! やっぱり玲人くんは凄い! もう、人としての神なんじゃないかな!?!?)
あかねは内心そう思ったが、しかし玲人が求める『普通の高校生活』を送らせてやりたい一心で、優菜に頼み込んだ。
「出来れば今まで通り玲人くんには我関せずな優菜で居て欲しいわ。玲人くんの心の安らぎを、クラスの中に作りたい」
「凄いね、推しの為にそこまで態度を豹変させられるもの?」
優菜の疑問は愚問だ。推しの存在こそあかねの人生を照らすもの。その推しが求めることを叶える術が、今のあかねにはある。『ファン』という十把一絡げの一部としてではなく、確実に玲人の為に『あかねが』してあげられることがあるのだ。やる気になるのは当たり前ではないか。
「勿論だよ」
迷いない目で頷くと、優菜は笑って、じゃあ協力するよ、と小指を出してくれた。