「…………っ!!」
見てしまったのだ。この教室まで一緒に来ていた子たちに笑顔で手を振って教室に入ってドアの陰に隠れたその一瞬だけ、玲人が小さくため息を吐いたのを。
呆然とした。頭のてっぺんから冷水をザバッと浴びせかけられた。玲人は決して、嬉しくてあんな風に笑顔を浮かべているわけではなかったのだ。
――『僕は、普通の高校生になります』
冷静に、あの配信の時の言葉を思い出す。そうだ、玲人は『普通の高校生』になるって言ったんだ。それはこんな風に……、同じ生徒からもてはやされ、担ぎ上げられ、……そう、まるでファンサービスを求められるような学校生活を送りたかったわけじゃない。きっとそうだ。あのため息が、すべてを物語っている。デビュー五周年。きっとまだまだ芸能界で見られる夢はあったに違いない。にもかかわらず、彼は『普通』を選んだ。そこにこそ、玲人の本気が現れているのに、あかねときたら、玲人の本気を分かってなかった。転校初日から、ずっと隣の席でテンパって頭に花が咲いていた。きっと目も、さっき周りを囲んでいた子たちと変わらないハートマークをしていただろう。そんな自分に、あかねはどうしようもなく落ち込んだ。推しの夢を叶えられないで、なにが『ファン』だ。推しがオリコン一位を取りたいと言ったら、全力で布教するし、ファンの皆とずっと歩んでいきたいと言ったら、それは各メディアへの推しの採用に対するお礼のメールやはがきを送る行動に繋がったのに。『推し』という存在には違いない筈なのに、自分の足元へ舞い降りられてしまって、あかねは『推し(神)』に対する態度を間違っていたようだ。
「……優菜、決めたわ」
あかねがフォークを握って言うと、優菜は面白そうにあかねを見た。
「おっ、やる気になった? 協力は惜しまないわよ。なんせ、親友の恋だからね」
ワクワクと作戦会議でも始めようとする優菜を、あかねは止めた。
「違うの。……私は今後、玲人くんの前で全力で玲人くんを推さない……。それが、玲人くんに対する礼儀だわ……」
覚悟を決めたあかねの言葉に、優菜は何言ってんの? と疑問顔だった。