バシンッ。

 乾いた重い音が響いた。どうやらシャイナがエドモンドの頬を叩いたらしい。

「え?」
 ミリアはついつい目を見開いてしまう。

「エド様は、その人の話を聞かない性格をお直しになられた方がよいかと思います」

「シャイナ……」
 叩かれた頬を押さえながら、情けない声をあげるエドモンド。

 ふん、とエドモンドに背中を向けてそこを去るシャイナ。
 一体どんな流れ、と頭を抱えたくなるのはミリア。他の四人はどこにいるの、と。きょろきょろと周囲を見回したけれど、誰もいない。
 まさかの、シャイナのお一人様ルート? そんなのゲームに存在していなかったのに。

「ミリア」
 名を呼ばれ、ふと我に返る。

「こんなバカげた茶番劇は終わった。君は無実だし、シャイナ嬢もああ言っていたことだし。君のここでの軟禁生活は終わりだ。家に帰ろう」

 アドニスがそっと手を差し伸べた。戸惑いながら、ミリアはアドニスを見上げた。

「さぁ。できればこの手をとってもらえると嬉しいのだが」

 もう、なるようになれ、というのがミリアの中の人の気持ちだった。
 楽しみにしていた逆ハールートがどこかへいってしまったから、目の前のご馳走を取り上げられてしまった子供になった気分。

 そっとアドニスの手をとった。それを見て、アドニスは嬉しそうに微笑んだ。

「ミリア。兄と婚約を解消したのであれば、僕と婚約して欲しい」

 だから、なんでそんな流れになるのだろう。

「アドニス」

 エドモンドの声が飛んできた。

「何か問題でも? 兄さんはミリアとの婚約を解消した。だから僕が彼女に求婚した。家柄的にも能力的にも、僕の婚約者としてふさわしいと判断しただけですが。彼女が聖女を毒殺しようとしていたのは、周囲の勘違いだった」

 ぐぬぬぬーっと、唇をかみしめているエドモンドは何も言えない。

「では参りましょう、ミリア。返事は急ぎませんが、どうか前向きに検討をお願いします」

 ミリアはこくんと頷くと、アドニスと並んで歩き出した。

「アドニス様」
 例の広間から出てきたアドニスに駆けつけてきた男が二人。彼らは確か、アドニスの友達。宰相の息子であるジェイとなんとか大臣の息子のマシュー、だったような気がする。

「ミリア嬢は?」

「ああ、無事だ。彼女は無実だからな。君たちも証拠集め、ありがとう。だが、シャイナ嬢に最後は持っていかれてしまったな」
 とそこでアドニスは苦笑する。
 どうやら彼は、ミリアが無実であるための証拠を集めていてくれたらしい。

「あ、私のために? ありがとうございます」
 ミリアは二人にも礼を言った。

「いいえ、礼には及びませんよ」
 ジェイが不敵に笑ったのが少し気になった。