そうやって貸出手続きを終え、戻ろうとしたところ、どこからか人の話し声が聞こえてきた。
 ミリアはアドニスと顔を見合わせる。その声が言い争いをしているようにも聞こえたからだ。何か起こる前にとめた方がいいだろう、という二人の判断。
 何を話しているのかはわからない。ボソボソという話し声。場所は、どうやらこの地下にある蔵書庫。二人はゆっくりと階段を降りる。
 やはり、そこにいた。シャイナとミゲルだ。アドニスは眉根をそっと寄せた。しっとミリアは右手の人差し指を唇の前で立てた。

 シャイナがミゲルを励ますシーンなのに、どうやら様子がおかしい。まあ、今までのイベントシーンも何かがおかしかったのだが。
 シャイナがミゲルの腕を引っ張り、無理やりどこかへ連れて行こうとする。シャイナは彼を引っ張る役だけれど、そういう物理的な引っ張りではない。精神的に引っ張っていくのだ。
 その腕を放してほしいと、ミゲルは暴れている。

「シャイナ。その手を離しなさい」

 つい、ミリアは二人の前にその姿をさらしてしまった。そして、シャイナの腕にそっと触れる。

「そのように強引に引っ張ってはいけないわ。もっとミゲル様の心の声を聞いて。あなたが引っ張るのはミゲル様の心」

「ミリア、あなた……」

 シャイナはミゲルからその手を離した。それを見届けたミリアは、そっとその場から立ち去る。というよりもシャイナたちから見えない場所へと隠れた。
 そして取り出したのはもちろんあのタブレット。本の間に挟んで、パシャリ。これで全てのイベントを見送った。もう心残りはない。この夢の中の世界からいつ旅立っても大丈夫、そうミリアは思っていた。
 だけど、そんな彼女の姿を鋭い視線で見つめている男が一人。もちろんアドニス。

「ミリア」
 静かに名を呼ばれ、ミリアはその肩を震わせた。そしてゆっくりと振り返る。

「アドニス、さま?」

「君は、一体何をしているんだ?」
 彼のその疑問は正しい。
「なぜ君は、シャイナを助けているんだ?」

 アドニスからはミリアがシャイナを助けているように見えているらしい。まあ、イベント進行のために手助けをしているから、助けるという表現はあながち間違いではない。

「なぜ? それを問われるのですか? 理由はありません。彼女がシャイナだからです。聖女、シャイナだからです」
 ミリアは静かに目を伏せた。これ以上、アドニスからツッコミが入らないように、という思いを込めて。

「そのために君は、自分自身を犠牲にするのか?」
 アドニスの声は、鋭く冷たかった。ミリアはそれに対して「はい、必要であれば」と答えた。