私、転生した悪役令嬢ですが、全力でヒロインを推させていただきます

 やはり、ミリアはしっかりとタブレットを胸に抱きしめて、ベッドでごろごろと転がっていた。時折思い出したように、それに保存されているあの画像たちを眺める。やっぱりカレンダーの背景にするのなら、この画像だよな、と勝手に写真を選んでいる。そもそもこの世界に『月』という概念が存在するかもわからない。
 気を緩めると、口の端から涎がこぼれそうになってしまう。それはお腹が空いているから、ではなく、シャイナが可愛すぎるから。
 いかんいかん、と右手首を口元に当て、涎を拭いた。
 そのタイミングで部屋の扉をノックされたので「はい」と引き締まった声で返事をした。

「ああ、ミリア。もしかして、寝ていたか?」
 この部屋を訪れるたびに、アドニスはそう尋ねる。寝ていたというよりはゴロゴロしていたが正解なのだが。

「あ、いえ。まあ。そうですね。他にもやることがありませんから」

「すまない。その、君から自由を奪ってしまって」

「アドニス様のせいではございませんから。それに、こうやってのんびりと最後の時間を堪能するのも悪くはないと思っているのです」

「最後の時間……」
 そう呟くアドニスの顔は、少し苦しそうにも見える。だけどそれを悟られないように、アドニスは「食事を持ってきた」と、いつもの口調で伝えた。

「ありがとうございます」

「ミリア。食事が終わったら、僕と少し散歩にでも行かないか?」

「お散歩ですか?」

「といっても、この王城の敷地内からは出ることはできないが」

 うーんと、ミリアは考えた。恐らく今日は、シャイナとケビンのイベントの日だ。場所は、確か訓練場。あの訓練場にミリア一人で足を踏み入れるのは難しいだろうと思っていたので、今日のイベント参加は泣く泣くあきらめるしかないかな、と思っていたところ。だが、チャンスは転がり込んできた、というわけだ。
 神様も捨てたもんじゃない。

「そうですね。気分転換にはいいかもしれませんね。ぜひとも、お願いいたします」

 今日のイベントは、近衛隊長の息子であるケビンであったはず。訓練場で一人鍛錬に励む彼の姿を見つけたシャイナが彼の悩みを聞き、その背中をそっと押して上げるという静かなイベント。
 シャイナが後ろから彼の背中を抱きしめるシーンは、感動ものだ。ミリアの中の人は涙を流しただけでなく、鼻水まで垂らしながら号泣した。とにかく、ケビンを想うシャイナの心が、じわじわっと染みわたってくるワンシーンなのである。
 そもそもケビンはこの攻略対象イベントの中で、唯一の同い年。つまり、同級生。学園に入学した時から共に机を並べて勉学に励んできた仲。だからこそ味わえるあの切ない感動。

「あの、アドニス様」
 隣を歩くアドニスを見上げて、ミリアは思い切って声をかけた。なぜならどうしてもあの場所に行きたいからだ。
「訓練場を見に行きたいのですが、よろしいでしょうか」

「訓練場?」
 アドニスが不思議そうに首を傾げた。

「ええ、あそこもいろいろと思いが詰まっておりますので」
 その言い方に間違いはない。
 だが、アドニスは学園時代のことを思い出したのだろう、と思っていた。訓練場で励んだ様々な練習。女性でも剣を振るう者もいれば、弓を射る者もいる。もしくは魔法の練習、と、それぞれが様々な練習に励んだものだ。

 もちろんミリアがいう思いというのは、別な方の意味。涙と鼻水をこれから垂らす方の意味。

 食事を終えたミリアはアドニスと少し談笑をしてから、例の訓練場へと向かった。二階のギャラリーへと続く階段が、その訓練場の裏側にある。そこから全体を見回すのも悪くは無いな、とミリアは思っていた。むしろ全体を見回すことができないと、シャイナとケビンをロックオンすることができない。
 ギャラリーをゆっくりと歩く。下で訓練に励んでいる者に気付かれないように。

「懐かしいな」
 とアドニスが言う。その声に驚きミリアは立ち止まる。
「昔は、無我夢中で鍛錬に励んだものだ。だけど、最近はそのようなことをすっかりと忘れている。なぜだろうか」

 恐らくアドニスの独り言。聞かなかったことにしようと思ったミリア。じっと下を見ていたら目を惹く人物が二人。
 間違いない、シャイナとケビンだ。

「アドニス様。私、用事を思い出したので」
 おほほほと作り笑いを浮かべて、アドニスから離れようとするミリアだが、しっかりとその腕をアドニスに掴まれてしまった。

「用事? ここで謹慎されているような君に、用事は無いはずだが」
 さすがアドニス。鋭い。
「何か、あるのか?」
 さすがアドニス。鋭い。

「アドニス様。時間がありません。ここはどうか見逃してはいただけないでしょうか?」

 そう、二人がこの訓練場から建物の裏手に回ろうとしているということはこれから例のイベントが始まるということ。だから、時間が無い。
 ミリアの表情が鬼気迫るものであったため、アドニスは掴んでいた手を離した。

「ありがとうございます、アドニス様」
 ミリアは小走りで二人の後を追う。そしてそのミリアの後をアドニスが追う。

 ミリアがやってきたのは訓練場の建物の裏。やはり、シャイナとケビンはここにいた。二人に気付かれないように、そっと物陰に隠れる。ミリアの後ろに誰かの気配がすると思って振り向いたら、アドニスだった。

「アドニス様」
「しっ」

 アドニスの視線の先にはシャイナとケビンの姿がある。

「あの女。兄さんだけでなく他の男にも手を出していたのか?」

「誤解です、アドニス様。彼女は彼らを励ましているだけ」

 なぜ君がそれを口にする? という思いをこめて、アドニスはミリアを見つめたが、ミリアの目にすでにアドニスの姿は無く、じっとあの二人を見守っているだけだった。

 父と同じ道を進まなければならないという圧力に押しつぶされそうになっているケビンに対し、あなたは自分で自分の道を選べばいいというシャイナ。そこで二人は熱い抱擁を、という流れのはずなのに。
 そこにまとわりつく空気の流れがおかしい。そのような甘い雰囲気にならないのだ。

「お前に何がわかる」

 ケビンの怒鳴り声。

「俺の好きなように好きに生きろ、だと? 俺は、父の跡を継ぐ必要があるんだ。自由気ままに生きているお前とは違うんだ」

 そう、違う。本来の流れと違う。そしてミリアはそのケビンが次に何をするのか、ということがなんとなく予想がついた。だから、隠れていたにも関わらず飛び出してしまったのだ。

「ミリア」
 と、名前を呼ぶ声は恐らくアドニスのもの。

「ミリア?」
 と、その声はシャイナのもの。

「ミリア嬢」
 とその手を握りしめながら名を呼んだのはケビン。

 ケビンが振り上げた右手は、思い切りミリアの左頬に当たった。その勢いで彼女は横に吹っ飛び、尻もちをつく。

「ミリア、あなた……」
 シャイナが手で口元を押さえながら、ミリアを見下ろしていた。彼女はニコリと笑うと、すっと立ち上がり、服についた土をパンパンと払い、じっとケビンを見上げた。

「ケビン様。どうか自分の心の声と向き合ってくださいませ。シャイナはそれを伝えたかったのです」

 ペコリと頭を下げると、ミリアはそそくさと建物のほうへと歩いていく。

「ミリア嬢、その、すまない」
 という声が背中から聞こえてきたけれど、ミリアはけして振り向くことはしない。あの二人の仲を邪魔してはならないのだ。
 その建物の角を曲がり、彼らの視界から消え去ったミリアはまたタブレットを取り出した。これから始まる二人のイベント。これを見逃してしまったら、殴られ損だ。

 という思いがあって夢中になってしまったのかもしれない。だからすっかりと忘れていたのだ。そこにアドニスがいるということを。
「それは、なんだ?」
 アドニスの低い声が腹に響く。怒っているわけではない。ただ純粋にそれはなんだ、と聞いているだけ。
 ミリアは急いでそのタブレットの電源を切ると。

「ええと、ただの板です」

 というわけのわからない言い訳をした。そしてそっと、それをアドニスに差し出す。ここで変に隠してしまった方が逃げられないだろう、と思ったからだ。
 それを受け取ったアドニスは、そのタブレットを下から上から斜めから見て、くるくると回転させてみたけれど、本当にただの板であったため。
「なるほど。ありがとう」
 と言って、ミリアに返した。ミリアの作戦勝ち。と同時に、左頬に触れられた。

「赤くなっている。すぐに手当てをしよう」
 アドニスに左腕を引っ張られ、ミリアはその場を後にするしかなかった。あの二人のその後が気になるところだけれど、必要なものは手に入れたので心残りは無い。アドニスに連れられて、部屋へと戻った。
 彼は何も言わず、ミリアの赤くなった頬にタオルを押し当てていた。
 その手当を受けていたミリアは、あと一人、と心の中で呟いた。

 そのあと一人がこの学園長の息子であるミゲルだ。攻略場所は図書館だったはず。

 ミリアの一日というのは、起きて、三度の食事をして、寝る、という何もしない時間の連続。その何もしない時間の過ごし方は、基本的にはチートアイテムのタブレットを触って、ムフフとするくらい。ときどきアドニスがやってきて、ミリアを散歩に誘うという、それだけ。
 このタブレットのチートなところの一つは充電いらずということだろう。そもそも充電器が存在していない。むしろこの世界に電気は無い。あるのは魔力。魔力が電気みたいなものだけれど、さすがにWi-Fiとかそれっぽいものは無い。電波も無い。ラジオも無い。テレビも無い。つまり、娯楽が無い。
 となるとやはりこのタブレットに頼るようになるわけで。それに飽きると本を読む、という感じだ。

 何しろ今日はシャイナとミゲルのイベントの日。イベント会場はもちろん図書館。読み終えた本を返すついでに、彼らのイベントをこそっと覗こうと企んでいるミリア。ムフフしかない。

「ミリア。図書館に行くのか?」
 と部屋を出たところでアドニスに呼び止められた。意外と神出鬼没なこの男。
「ちょうど、君の部屋へ行こうと思っていたところだったんだ」

「そうなんですね。私は図書館の方へ。こちらの本を読み終えてしまったので、続きを借りようかと思いまして」

 ミリアは手にしていた本を、アドニスにも見えるように掲げた。

「そうか。その本は僕も読んだ。だが、その本は完結していない」

「そうなんですか。それは残念です」

 夢の中の時間つぶしにちょうどいいと思って借りた本ではあるが、さすがに完結できないままこの夢の世界から立ち去ることになってしまうのも心残りである。本好きな人が思うのは「この本が完結するまでは死ねない」ということのようで、ミリアの中の人の読書家の友人はよくそれを口にしていた。ということは、ミリアの中の人はすでに死んでいるにもかかわらず、その夢の中でも死んでしまうわけで、さらにそれがこの本の完結を見送る前に、となると、死んでも死にきれないし、夢が覚めても覚めきれないということになるわけで。

「ミリア、どうかした?」

 そんなどうでもいいことを考えているミリアだが、アドニスにそう声をかけられてふと我に返った。

「あ、いえ。この本の続きが気になっただけです。完結、していないのが残念でして」

 アドニスはミリアのその言葉の意味を少し考えた。考えたら何も言えなくなった。

 不本意ながら、ミリアはアドニスと図書館へ行くことになった。これからシャイナとミゲルのイベントというにも関わらず。例のタブレットを本の間に挟んで持ち歩いているものの、一度アドニスに気付かれてしまっているから、あまり公には使えないだろう。本に隠して使うしかない。
 夢の中の世界なのだから、もう少し夢をみせてくれてもいいのに。

 図書館へ足を踏み入れると、ぽつんぽつんと人がいる。もちろん、話し声など聞こえるはずもなく静か。
 ミリアはとりあえず手元にある本を返却した。すると、タブレットを隠すものが無くなってしまった事に気付く。でも、仕方ない。新しい本を借りるかどうかは悩むところ。
 だって、あと二日。あと二日で処刑されてしまうから、借りた本を返しに来ることができないかもしれない。

「アドニス様」
 そっと、ミリアはアドニスの名を呼んだ。他の人の邪魔にはならないように。
「もし、私が今後、こちらに来ることができなくなるようなことが起こったら、私が借りた本を返しにきてくださいますか?」

 それにアドニスは目を見開くが、彼女の言いたいことを察したアドニスは黙って頷いた。それを見て安心したミリアは、何冊か本を選び、貸出の手続きをした。あと二日で読めそうな本。続きものはやめておこう。
 そうやって貸出手続きを終え、戻ろうとしたところ、どこからか人の話し声が聞こえてきた。
 ミリアはアドニスと顔を見合わせる。その声が言い争いをしているようにも聞こえたからだ。何か起こる前にとめた方がいいだろう、という二人の判断。
 何を話しているのかはわからない。ボソボソという話し声。場所は、どうやらこの地下にある蔵書庫。二人はゆっくりと階段を降りる。
 やはり、そこにいた。シャイナとミゲルだ。アドニスは眉根をそっと寄せた。しっとミリアは右手の人差し指を唇の前で立てた。

 シャイナがミゲルを励ますシーンなのに、どうやら様子がおかしい。まあ、今までのイベントシーンも何かがおかしかったのだが。
 シャイナがミゲルの腕を引っ張り、無理やりどこかへ連れて行こうとする。シャイナは彼を引っ張る役だけれど、そういう物理的な引っ張りではない。精神的に引っ張っていくのだ。
 その腕を放してほしいと、ミゲルは暴れている。

「シャイナ。その手を離しなさい」

 つい、ミリアは二人の前にその姿をさらしてしまった。そして、シャイナの腕にそっと触れる。

「そのように強引に引っ張ってはいけないわ。もっとミゲル様の心の声を聞いて。あなたが引っ張るのはミゲル様の心」

「ミリア、あなた……」

 シャイナはミゲルからその手を離した。それを見届けたミリアは、そっとその場から立ち去る。というよりもシャイナたちから見えない場所へと隠れた。
 そして取り出したのはもちろんあのタブレット。本の間に挟んで、パシャリ。これで全てのイベントを見送った。もう心残りはない。この夢の中の世界からいつ旅立っても大丈夫、そうミリアは思っていた。
 だけど、そんな彼女の姿を鋭い視線で見つめている男が一人。もちろんアドニス。

「ミリア」
 静かに名を呼ばれ、ミリアはその肩を震わせた。そしてゆっくりと振り返る。

「アドニス、さま?」

「君は、一体何をしているんだ?」
 彼のその疑問は正しい。
「なぜ君は、シャイナを助けているんだ?」

 アドニスからはミリアがシャイナを助けているように見えているらしい。まあ、イベント進行のために手助けをしているから、助けるという表現はあながち間違いではない。

「なぜ? それを問われるのですか? 理由はありません。彼女がシャイナだからです。聖女、シャイナだからです」
 ミリアは静かに目を伏せた。これ以上、アドニスからツッコミが入らないように、という思いを込めて。

「そのために君は、自分自身を犠牲にするのか?」
 アドニスの声は、鋭く冷たかった。ミリアはそれに対して「はい、必要であれば」と答えた。
 とうとうやってきた、メインイベント。ミリアの処刑の日だ。ミリアの罪は聖女シャイナに毒を盛り、聖女を殺害しようとしたこと、とされている。
 のわりには、この処刑の日までわりと自由にさせてもらえた。それもこれもアドニスのおかげだろう。

「覚悟はできているのか?」

 エドモンドが不敵な笑みを浮かべ、ミリアの前に立った。ミリアは両手を背中で縛られ、膝をつき、彼の近衛騎士にその剣を向けられているところ。もしかして、もしかしなくても、この剣でスパッとやられてしまうのだろうか。
 しかも心残りは例のタブレット。今朝、目が覚めたらあれが消えていた。夢の中なのに、最後に夢は叶わないのか、というやるせない思い。

「お待ちください、エド様」

 女性の声ではあるが、ミリアの声ではない。だが、聞き慣れたその声。ミリアが愛してやまないその声。
 シャイナだ。

「エド様。その、ミリアのことですが……」

「兄さん。その女に騙されてはなりませんよ」

 とここで現れたのはアドニス。思わずミリアは目を見開いた。なぜなら彼の手の中に、あのチートアイテムのタブレットがあるからだ。

「その聖女シャイナは、こうやって他の男をたぶらかしていたんですよ」

 なぜか慣れた手つきで、そのタブレットを操作するアドニス。
 ちょっと待って、とミリアの顔から血の気が引く。
 アドニスはミリアがコレクションとして集めていたシャイナと攻略対象者たちの写真を、次から次へと表示をさせては、エドモンドへと見せつけている。エドモンドの顔色も血の気が引いたように変わっていくが、その変わりようはミリアの方が酷いと思う。
 タブレットを返して、という思いと、その写真をエドモンドに見せないで、という思いと。

「これは、なんだ。アドニス」

「どうやら、魔導具のようですね。こうやって過去の映像を記録してくれるようですよ」
 そこでアドニスはジロリとシャイナを睨んだ。
 魔導具、なのか? というのがミリアの心の声。

「アドニス様、それは……」
 シャイナは何か言いたそうに口を開いたが、次の言葉が出てこない。

「言い訳もできないか、シャイナ嬢」
 なぜかアドニスが勝ち誇ったような笑みを浮かべている。

「おやめください、アドニス様」
 そこで声をあげたのはミリアだった。先ほどと同じように手は後ろで縛られ、膝をついたままで。

「シャイナはそのようなふしだらな女性ではありません。彼女は、聖女として、そう聖女として、悩んでいた彼らに正しい道を導いてあげただけなのです」

「それで。こうやって他の異性と熱い抱擁を交わすのか?」

「そ、それは。恐らく、友達としての、抱擁……?」
 ミリアも自信なく答える。

「そ、そうです。友達としての抱擁です。ですから、エド様。ミリアを解放してください」

「シャイナ。お前は何を言っているのだ?」
 シャイナにそのようなことを言われて驚くのはエドモンド。

「ミリアは私の友達です。ですから、解放してください」

「シャイナ嬢、自分の立場が危うくなったからといって、ミリアの解放を要求ですか?」
 そこでアドニスが口を挟むものだから、少々ややこしくなる。

「違います」
 シャイナは声を荒げる。
「そもそも、なぜミリアは捕らわれているのですか?」

 シャイナのその問いに、何、とエドモンドが反応する。
「そ、それは。ミリアがお前の飲み物に毒を入れ、お前を殺そうとしたからだろう?」
 なぜか急にエドモンドの挙動が怪しくなった。

「私、そう言いましたか? その、エド様に……」

「いや、だが。お前はミリアから飲み物を受け取ってそれを口に入れた後、具合が悪くなったではないか」

 もしかして、そんな理由で? とミリアは思わずにはいられないのだが、本来の流れはこれで合っている。ミリアが井戸に毒を流して、この王城関係者たちを殺害しようとした疑いで処刑される流れだ。今回はその対象者がシャイナだけになった、ということだろう。

「あれは。ミリアから受け取ったのは回復薬です。ですが、それがあまりにも不味すぎたので。それで、気持ち悪くなって……。あのような失態をお見せしてしまったわけです」

「なに?」
「え?」
 とエドモンドとミリアはほぼ同時に声をあげた。

「つまり。ミリアはシャイナを毒殺しようとしていたわけではないと?」
「ではないと?」
 エドモンドに続いて、ついついミリアも尋ねてしまう。

「違います」
 シャイナはぶんぶんと首を横に振る。
「私は何度もエド様に、その、毒ではないということをお伝えしたかったのですが、エド様は全然聞いてくださいませんでした。そのうち、ミリアの処刑の話が出てしまって。それで私はどうしたらいいかわからず。それで、その、カイン様やレイフ様やケビンやミゲルに相談していたのです」

 なんと。あのイベントってそういうことだったの、とミリアは思っている。逆ハーじゃなかったのか、と。だから流れがおかしかったのか、と。
 気合注入とか、殴られそうになるとか、それって全部ミリアのせいだったのか、と。

「兄さん。ミリアを解放してください」
 腹の底から響くような声でアドニスが言った。
「そもそも、兄さんにはミリアを処刑するような権利も、拘束するような権利も無いはずだ。まして彼女を裁くような権利もね」

「アドニス……」

「ここに父上がいなかったことに感謝した方がいいですよ」
 ふふっとアドニスが笑った。
「父上も、兄さんの我儘や思い込みには頭を悩ませているようですからね」

 わ、我儘だと? 思い込みだと?
 ミリアの頭の中がぐらぐらとしてきた。

「エド様。お願いです、どうかミリアを解放してください」
 シャイナが必死で訴えている。困った。これではシャイナの逆ハールートにならないではないか。

「兄さん。今までのシャイナ嬢の話を聞いていてもわかるように、ミリアには捕らえられる理由がないのですよ」

「くっそ」っとその言葉を激しく吐き捨てたエドモンドは、苦々しい視線をミリアに向け、近衛騎士にその拘束を解くように言った。

「ミリア。ごめん。そして、ありがとう」
 シャイナが駆けつけて、ミリアをぎゅっと抱きしめる。

「シャイナ……」

「友達の抱擁、でしょ?」
 シャイナは目尻に涙をためながら、そんなことを言うのだが、ミリアの頭の中は大混乱。
 処刑ルートにのらなかったということは、シャイナは逆ハールートにはならなかったということで。

「兄さん、もう少し確認してから行動に起こした方がよろしいですよ。今回の件は、父には伝えるつもりはありませんが」

 アドニスが高圧的に言った。ぐぬぬぬと、エドモンドは声にならない声で嘆いている。

「ですが、兄さんとミリア嬢の婚約は正式に解消されている。だから、兄さんはもうミリア嬢と関わることが無い、そういうことでよろしいですよね?」

「ああ」
 乱暴に返事をするエドモンドは。
「シャイナ」
 と聖女の名を呼ぶ。名を呼ばれた彼女は戸惑いの瞳をミリアに向けた。

「私のことは気にしないで。あなたは、あなたの幸せの道を選んで」
 ミリアがそっとシャイナの両腕を掴んでそう言うと、シャイナはゆっくりと頷いた。そして、エドモンドのところへと向かう。

 逆ハールートは逃してしまったが、ここは無難にエドモンドルートを攻略してもらおう。ミリアはそう思ったのだが。