帰国後すぐ、結婚式が執り行われることとなった。
王子は帰国後ぱったりと女遊びを止め、側室の約束をした令嬢たちに後宮を用意し、それ以外は手切金を渡して縁を切り、すっかり身綺麗に変貌した。
悪党が女子供を助けると必要以上に讃えられるのと同じように、阿呆王子の潔い行動と隣国の姫とのラブロマンスは、あっという間に国中をロイヤルウエディングへのお祝いモードへと染めあげた。
「あの王子を改心させるなんて、素敵な姫だわ」
「命の恩人のために更生するなんて、なんて尊いお話なの……」
茶番に浮かれる人々の興奮がが国中を席巻する中。
王子の愛玩少女ーーアリアは、今までの寵愛が嘘のように離れに閉じ込められ、まるで消えてしまったように扱われてしまっていた。
僕も世話役の任を解かれて以後、アリアに会う権利を持たないただの下級騎士へと戻った。
アリアがいじめられていやしないか心配だったが、どうやら令嬢たちはすっかり彼女に興味を無くしたらしく。3食の食事すら、まとめて配膳されるようになったらしい。
ただの従者になった僕はある日、唐突に王子に呼び出された。
王子はピカピカの執務椅子に深く腰掛け、書類に右から左に雑に目を通しながら僕に言った。
「あれ、お前にやるよ」
まるで、「そこのゴミ捨てといてくれ」の気軽さだ。
「あれとは」
「……あれだよ、あれ」
一瞬虚を突かれた僕だったけれど。
下卑た王子の眼差しで。彼が何を言いたいのかはっきり分かった。
「王子……」
僕は胃液が逆流するような気持ちになった。
「王子。お言葉ですが、アリアがあまりに可哀想です。せめて他の令嬢のように側室にお迎えになられたり、おか」
その続きの言葉は、おもむろに立った王子から繰り出された蹴りにかき消された。思い切り胃を蹴られ、僕は床に吹っ飛ぶ。吐き気を堪えたところに髪を捕まれ、顔を覗き込まれて嘲笑された。
「お前、アリアのことが好きなんだろう? 今度の船上結婚式、お前も護衛に入れてやる。あいつも呼んでるから隙を見て適当な船室で遊んでいいぜ」
「王子……」
退出を命じられ、僕は虫のように這いつくばって部屋を後にした。
王子はちっとも変わってなんかいやしない。その場かぎりの言葉が巧みで、アホのくせに立ち回りが上手いのはいつものことじゃないか。僕は倒れてしまいそうだった。ゾッとするような、怒りで気がおかしくなるような、悲しいような情けないような、ドブ色の感情がない混ぜになりながら、僕は生きる屍のように心地で業務に戻った。
「アリア」
うわごとのように呟く。
いつか僕に振り向いてくれたら。そんな下心がなかった訳じゃない。世話役の立場を利用して、彼女と一緒にいられることは確かに幸福だった。
けれど、王子の下卑た眼差しと態度で、恋心がべったりと穢された気分だった。
メイドたちの会話が聞こえてきた。
「あら、王子は今日も仕事を片付けていらっしゃるの?」
「ええ。午後から姫と散策するから、それまでに片付けるんですって」
「まあ」
よろよろと廊下を歩く僕の耳には、あちこちから人々が王子を賛美する声が届く。
「最近の王子は理想的な王子となられて……」
「多少のやんちゃも、まあ国のためなら必要な経験だったのでしょう」
物陰に入り、僕は悔しさのあまりに壁を叩いた。
多少のやんちゃ、多少の経験。若気の至り。
あんな王子のそんなもんで、何人もの人間の人生がめちゃくちゃになっているというのに。
「アリア……」
誕生日に海難事故を起こしたアホの王家は、姫と王子の結婚式も船上結婚式にすることにしていた。
人魚が現れる海域は危険だと進言されても、むしろ姫と王子の馴れ初めだからと国王も王子も強行したのだった。
王子は帰国後ぱったりと女遊びを止め、側室の約束をした令嬢たちに後宮を用意し、それ以外は手切金を渡して縁を切り、すっかり身綺麗に変貌した。
悪党が女子供を助けると必要以上に讃えられるのと同じように、阿呆王子の潔い行動と隣国の姫とのラブロマンスは、あっという間に国中をロイヤルウエディングへのお祝いモードへと染めあげた。
「あの王子を改心させるなんて、素敵な姫だわ」
「命の恩人のために更生するなんて、なんて尊いお話なの……」
茶番に浮かれる人々の興奮がが国中を席巻する中。
王子の愛玩少女ーーアリアは、今までの寵愛が嘘のように離れに閉じ込められ、まるで消えてしまったように扱われてしまっていた。
僕も世話役の任を解かれて以後、アリアに会う権利を持たないただの下級騎士へと戻った。
アリアがいじめられていやしないか心配だったが、どうやら令嬢たちはすっかり彼女に興味を無くしたらしく。3食の食事すら、まとめて配膳されるようになったらしい。
ただの従者になった僕はある日、唐突に王子に呼び出された。
王子はピカピカの執務椅子に深く腰掛け、書類に右から左に雑に目を通しながら僕に言った。
「あれ、お前にやるよ」
まるで、「そこのゴミ捨てといてくれ」の気軽さだ。
「あれとは」
「……あれだよ、あれ」
一瞬虚を突かれた僕だったけれど。
下卑た王子の眼差しで。彼が何を言いたいのかはっきり分かった。
「王子……」
僕は胃液が逆流するような気持ちになった。
「王子。お言葉ですが、アリアがあまりに可哀想です。せめて他の令嬢のように側室にお迎えになられたり、おか」
その続きの言葉は、おもむろに立った王子から繰り出された蹴りにかき消された。思い切り胃を蹴られ、僕は床に吹っ飛ぶ。吐き気を堪えたところに髪を捕まれ、顔を覗き込まれて嘲笑された。
「お前、アリアのことが好きなんだろう? 今度の船上結婚式、お前も護衛に入れてやる。あいつも呼んでるから隙を見て適当な船室で遊んでいいぜ」
「王子……」
退出を命じられ、僕は虫のように這いつくばって部屋を後にした。
王子はちっとも変わってなんかいやしない。その場かぎりの言葉が巧みで、アホのくせに立ち回りが上手いのはいつものことじゃないか。僕は倒れてしまいそうだった。ゾッとするような、怒りで気がおかしくなるような、悲しいような情けないような、ドブ色の感情がない混ぜになりながら、僕は生きる屍のように心地で業務に戻った。
「アリア」
うわごとのように呟く。
いつか僕に振り向いてくれたら。そんな下心がなかった訳じゃない。世話役の立場を利用して、彼女と一緒にいられることは確かに幸福だった。
けれど、王子の下卑た眼差しと態度で、恋心がべったりと穢された気分だった。
メイドたちの会話が聞こえてきた。
「あら、王子は今日も仕事を片付けていらっしゃるの?」
「ええ。午後から姫と散策するから、それまでに片付けるんですって」
「まあ」
よろよろと廊下を歩く僕の耳には、あちこちから人々が王子を賛美する声が届く。
「最近の王子は理想的な王子となられて……」
「多少のやんちゃも、まあ国のためなら必要な経験だったのでしょう」
物陰に入り、僕は悔しさのあまりに壁を叩いた。
多少のやんちゃ、多少の経験。若気の至り。
あんな王子のそんなもんで、何人もの人間の人生がめちゃくちゃになっているというのに。
「アリア……」
誕生日に海難事故を起こしたアホの王家は、姫と王子の結婚式も船上結婚式にすることにしていた。
人魚が現れる海域は危険だと進言されても、むしろ姫と王子の馴れ初めだからと国王も王子も強行したのだった。