王子に何を言っても埒があかない。
 かといって身分が低い僕が令嬢たちのいじめからアリアを庇っても、僕がクビになるか、アリアへのいじめが酷くなるだけだ。
 だから僕はせめて、アリアの味方でいるようにした。アリアが部屋に閉じ込められたら、すぐに合鍵を使って解放する。アリアが泥まみれで泣いていたら、すぐに風呂を準備させて入れるように手配する。
 髪飾りが壊されたら、野花をつんで髪に挿してあげた。

「ごめんね。僕の身分がもっと高ければ苦労させないのに」

 ある日、女たちのお茶会帰りのアリアを出迎えると、見事な赤毛がしっちゃかめっちゃかにされていた。髪結の遊びでもされたのだろうか。子供に与えるおもちゃの人形よりも悲惨だ。

「椅子に座って。僕が解いてあげるから」

 彼女は素直に頷き、庭園に置いた椅子に腰を下ろす。
 めちゃくちゃに乱された髪を解いてあげていると、頭が揺れる。
 アリアがこちらを見上げていた。

「痛かった?」

 僕が尋ねると、彼女は小さく首を振って否定する。
 ぽってりと可愛らしい唇が、ありがとう、と動いた。
 アリアはにっこりと笑う。いじめられっことは思えない、あまりに清純で、清らかな微笑みだった。陽の光のような眩しさで、海の輝きのような瑞々しさだった。
 感動と興奮で、僕は全身の肌がざわざわと粟立つのを感じた。嫌悪でなはなく恋の興奮でも鳥肌が立つのだと、僕はそのとき初めて知った。
 僕はアリアに恋をしたのだ。

 しかしアリアは酷い扱いを受けても、王子を熱っぽいような、慈愛のような眼差しで見守り続けていた。恋を知ってしまった僕は、アリアの饒舌な眼差しが、どんな気持ちを湛えて輝いているのかわかってしまう。
 彼女は心から王子に恋をしている。僕なんて目に入らないほどに。

 そして。
 王子が22歳の誕生日を迎えると同時に、隣国の姫と結婚する運びとなった。