アリアは喋らない娘だけど実は表情豊かで、何を考えているのかは目を見ればすぐにわかる。唇を読んで言葉のやりとりはできるから、きっととても賢い子なんだろう。
 その賢さが滲んだ眼差しも、つぐんだ唇の美しさも、全てが令嬢たちの勘に障るのだろう。
 女だけの場所で彼女がどんな扱いを受けているのか、憔悴していく彼女を見れば明らかだった。
 僕は世話役だけど、あくまで奴隷の一歩手前、平民育ちの従者だ。
 学も教養も家柄もないけれど、「アリアの世話役にはお前が都合がいい」と決められた者だ。

 こんな僕が令嬢に楯突いても、令嬢の耳には聞こえない。

「あら、羽虫が飛んでいますわね」

 僕がアリアを守ろうとすれば、遠慮のない扇の一閃がぴしゃりと飛ぶ。

「王子様に片づけてもらってもいいのよ? あなた」

 地に這いつくばった僕の手をハイヒールで踏みながら、令嬢は楚々と笑った。

「それとももっと、あの生意気な娘をいじめてやろうかしら?」

 僕は、無力だった。
 せめて僕は何度も、彼女に対するいじめを王子に訴えた。
 しかし王子はいつも、ニヤニヤと笑うばかりだった。

「しかし、彼女はこのままでは……」

 今日もまた、適当な調子であしらわれた。

「女たちのいじめくらい、可愛いものさ。肌に傷が残らないのだから好きにさせておけ」

 あれだけ寵愛しておきながら、王子はそんなことを言ってのけるのだ。

「おい、お前。道化がなぜ必要か知っているか?」
「道化、ですか……?」
「不満のガス抜きのために必要なのさ。僕がいろんな女から恨みを買っているのは当然知っている。だからアリアを連中に与えてやっているんだ」
「な……」
「アリアも行き場のない女だったんだ。王宮で不自由なく暮らして僕に愛されているのだから、少しは役に立ってもらわないとな」