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私の家に「幽霊」が現れて一週間が経った。
初めはまったく信じられなくて(というか今でも信じられていないが)、「近づくな!」と散々喚き散らしていた。家の中のありとあらゆる物を投げて彼を攻撃しようとしたが、例によって全て彼の身体を貫通し、いよいよ私は男が幽霊であるということを受け入れざるを得なくなっていた。
しばらく彼と過ごしてみて分かったことがいくつかある。

一、彼の名前は駒沢涼真(こまざわりょうま)。北海道出身で、私と同じ20歳。亡くなったのは半年前。自分がなぜ幽霊をやっているのか、分かっていない。
二、彼は私の半径5メートル以内にしか現れない。それ以上遠くに行こうとしても結界のようなものが張っていて前に進めなくなる。
三、彼は私以外の人間には見えない。
四、彼は幽霊なのに、とても陽気。

ざっとまとめてみるとこんなところか。
一番重要なのは4つ目の、彼のキャラクターについてである。私はこれまで幽霊を見たことはないが、幽霊ってもっとおどろおどろしい生き物で、生者をあっちの世界へと連れて行こうとするものだと思っていた。それなのに彼ときたら、私を怖がらせようとするどころか、「今日はなにする?」とか「京都でおいしいラーメン屋さん教えたげる」とか、逆に私を楽しませようとしてくれるのだ。
私からすれば、幽霊とデートする気などさらさらないのだが、彼は家の中だけでなく、大学に行くにも買い物に行くにもバイトに行くにも、どんな時でもついてきた。私のそばから離れられないのだから仕方ないと言えばそうなのだが、プライベートの時間を全て監視されているのは些か居心地が悪かった。
「ねえ、あなたはいつまで私についてくるつもり?」
「さあ、知らねえ。俺だってなんでこんなことになってんのか、よく分かんねえから」
「じゃあ、早く成仏できるように努力してよ。いつまでもあなたと一緒だなんて耐えらんない」
「そう言われてもなあ。成仏ってどうやってすんの?」
「それを私に聞かないで!」
なぜ。
この人は、こんなにも呑気にユーレイをやっているのだろう。
私はこんなにも知らない男からプライバシーを侵害され、毎日心労が絶えないというのに。
例えば一人で出かけている時、後ろから話しかけてくる彼につい返事をして、周囲の人から距離を置かれたり。お風呂やトイレの際に、覗かれるまではされないものの、近くで見られているので恥ずかしかったり。かなり不便なことばかりだ。
ああ、どうせ幽霊が現れるなら、せめて女の子が良かったなあ……。
と、幽霊に注文をつけたところで何も意味はないのだけれど。
唯佳(ゆいか)ちゃん」
不意に、彼が私の名前を呼んだ。なになに、なんでそんな真っ直ぐな目で私を見つめてくるの。私、あなたに何かした……?
とうとう呪われるのかもしれない、と思い、ちょっとだけ後ずさる。かかとが机の脚に当たって痛い。
「俺が成仏するの、手伝ってくんない?」
本当に、真剣なまなざしを向けてくる彼。ここ一週間、ずっとへらへらして笑っているようなやつだったので、その表情は不意打ちすぎだ。
「……いいけど」
普通なら、なんで私が見ず知らずの幽霊を成仏させなきゃならんのだと憤慨するところだが、彼が成仏しなければ自由な生活を取り戻せない。つまり、このおかしな状況から抜け出すためにも、彼に協力するしかないのだ。
「やった! ありがとう」
私の反応に、今度は嬉しそうに破顔する。こうしていると、普通の人間と話しているみたい。
いや、彼だって半年前までは生きている生身の人間だったのだ。年相応の笑顔が見られて、なんだかほっとしたのも事実だ。
「それにしても、何か手がかりはないの? 協力するって言っても、何をすればいいのかしら」
「うーん、そこなんだよなぁ。俺も、気づいたら幽霊になってて、どうしたものかさっぱり……。あ、でも、一つだけ考えたことがある」
「なに?」
「君だよ」
「え?」
「だから、君。幽霊になって他の誰でもなく、君の前に現れたのには何か理由があるんじゃないかっていうこと」
「……なるほど。でもさ、私たちって知り合いでもなんでもないじゃない? だったらどんな理由があるの?」
「それを一緒に探そうぜ!」
「はあ」
ゲーム、しようぜ! みたいなノリで言われても、はい喜んでとは応えられないのだが。彼はどこか楽しげに歯を見せて笑っている。一体どうして、こんな状況を楽しんでいられるのだろうか。
まあ、いいか。細かいことを気にしている場合ではない。
何はともあれ、彼を成仏させるべく頑張ろう。何をどう頑張ったら良いのかはさておき、とにかく手がかりを見つけなければ。

こうして、私と幽霊の彼との奇妙な共同作業が始まった。