初めて“それ”を目にした時、私は驚きのあまり声を出すことができなかった。
隠れなきゃ、と咄嗟に部屋の中を見回しても、ベッドの下は人間が入れるほどの隙間はないし、クローゼットは買い貯めた服でいっぱい。時間をかければスペースを空けられないこともないが、今すぐに身を潜められそうにない。
「ちょ、ちょっと待って! タイム!」
目の前に現われた“不審者”を相手に私は何を言っているのだろう。頭では分かっているのだけれど、この緊急事態、咄嗟に出てきた言葉がそれだった。
いま、私の目の前には、知らない男がいる。
ツンと張りのある髪の毛に、ダボっとした白のロングTシャツを来て、チノパンをはいている。たぶん、私と同じ20歳ぐらいの人。何か言いたげな顔でじっとこちらを見つめている。私は、あまりの恐怖に身がすくんで足が動かない。
どうする。どうするよ、これ。ちょっと危機的状況なんじゃない?
学生たちが集うマンションの一室。1Kの一人暮らしで、隣人との付き合いはゼロ。もちろん親や兄弟は近くにいない。
今日は大学に行き、授業が終わるとその足で喫茶店のアルバイトに向かった。お店が閉店したのが21時で、家に帰ってきたのは21時半。一刻も早く疲れを取りたくてお風呂に入っていた。部屋を選ぶ時にお風呂とトイレが別々のセパレートタイプにこだわった甲斐があって、疲れた夜は必ず湯船に浸かることができる。だから今日も、いつも通り湯船にお湯を張り汗を流したところなのだ。
それだけ。私が今日やったのはどこにでもいる大学生の普通の一日。
……だったはずなのに。
お風呂から上がった私を待ち受けていたのは、部屋の中に佇む知らない男の影。
なんで。どうして。どうやって、いや、いつからここにいたの……?
聞きたいことはたくさんあった。というか、どうみたって不審なその男に、のんきに質問などしてる場合ではないのだ。
逃げるか、助けを呼ぶか。
これがゲームだったら、その3つのコマンドが宙に表示されているに違いない。私は妄想の中のコントローラーを必死に動かして、「逃げる」を選択しようと試みる。
でも、ダメだ。
足が、まったく動かないのだ。
人間、本当の恐怖に陥った時、漫画みたいに金縛りにあってしまうんだな。うん、分かった。とっても勉強になった。だからもう許して、お願い。
その男が一歩こちらに踏み出す。
ミシ、と床板が軋む音が聞こえた——と思ったのだが、実際は何も響かない。なぜか足音さえしない。
ちょっぴり不思議に思いながらも、迫りくる恐怖に打ち勝つのに必死で、些細な疑問を解決することすらできなくて。
気がつけば近くにあった通学カバンを、彼の方へと投げつけていた。
「来ないでえぇぇぇぇぇぇぇ!」
隠れなきゃ、と咄嗟に部屋の中を見回しても、ベッドの下は人間が入れるほどの隙間はないし、クローゼットは買い貯めた服でいっぱい。時間をかければスペースを空けられないこともないが、今すぐに身を潜められそうにない。
「ちょ、ちょっと待って! タイム!」
目の前に現われた“不審者”を相手に私は何を言っているのだろう。頭では分かっているのだけれど、この緊急事態、咄嗟に出てきた言葉がそれだった。
いま、私の目の前には、知らない男がいる。
ツンと張りのある髪の毛に、ダボっとした白のロングTシャツを来て、チノパンをはいている。たぶん、私と同じ20歳ぐらいの人。何か言いたげな顔でじっとこちらを見つめている。私は、あまりの恐怖に身がすくんで足が動かない。
どうする。どうするよ、これ。ちょっと危機的状況なんじゃない?
学生たちが集うマンションの一室。1Kの一人暮らしで、隣人との付き合いはゼロ。もちろん親や兄弟は近くにいない。
今日は大学に行き、授業が終わるとその足で喫茶店のアルバイトに向かった。お店が閉店したのが21時で、家に帰ってきたのは21時半。一刻も早く疲れを取りたくてお風呂に入っていた。部屋を選ぶ時にお風呂とトイレが別々のセパレートタイプにこだわった甲斐があって、疲れた夜は必ず湯船に浸かることができる。だから今日も、いつも通り湯船にお湯を張り汗を流したところなのだ。
それだけ。私が今日やったのはどこにでもいる大学生の普通の一日。
……だったはずなのに。
お風呂から上がった私を待ち受けていたのは、部屋の中に佇む知らない男の影。
なんで。どうして。どうやって、いや、いつからここにいたの……?
聞きたいことはたくさんあった。というか、どうみたって不審なその男に、のんきに質問などしてる場合ではないのだ。
逃げるか、助けを呼ぶか。
これがゲームだったら、その3つのコマンドが宙に表示されているに違いない。私は妄想の中のコントローラーを必死に動かして、「逃げる」を選択しようと試みる。
でも、ダメだ。
足が、まったく動かないのだ。
人間、本当の恐怖に陥った時、漫画みたいに金縛りにあってしまうんだな。うん、分かった。とっても勉強になった。だからもう許して、お願い。
その男が一歩こちらに踏み出す。
ミシ、と床板が軋む音が聞こえた——と思ったのだが、実際は何も響かない。なぜか足音さえしない。
ちょっぴり不思議に思いながらも、迫りくる恐怖に打ち勝つのに必死で、些細な疑問を解決することすらできなくて。
気がつけば近くにあった通学カバンを、彼の方へと投げつけていた。
「来ないでえぇぇぇぇぇぇぇ!」