「こちらがオレミ様のお部屋となります。ささ、どうぞお入りください」
 いくつかの扉を通り過ぎ、男は三日月マークの表札がかけられた部屋の前で立ち止まる。
 三日月。この階の部屋の表札は、端の部屋から順に見ていくと、月が欠け、あるいは満ちていく並びになっているのだ。なんと分かりにくいことか。
「ちょっと待ってくれよ。ここまで黙ってついてきたけれど、僕はホテルに泊まるお金なんて、全然持っていやしないんだ」
「心配ご無用。当施設はお部屋が住居兼仕事場となっておりますゆえ、ご宿泊はもちろん、ご飲食も全て無料でございます」
「仕事。仕事だって? 冗談じゃない、僕は今仕事をしてきたばかりなんだ。くたくたなんだよ。あとは風呂に入って寝るだけさ」
「そのようで。ですから、仕事は明日からで構いません。今日はゆっくりお休みになってください。ささ、どうぞどうぞ。ささ、」
 男はカードキーをあてがうようにして扉を開け、口癖と思われる言葉を二度も繰り返して僕を急かす。
「待ってくれって。仕事っていうのは、いったい……」
「……監視塔の仕事といえば、視(み)る仕事でございます」
 男は半ば強引に僕を部屋に押し入れると、まるで燻煙式(くんえんしき)殺虫剤を使用するときみたいにさっと部屋を出て、封印するかのごとく閉ざす扉をすんでのところで止め――それだけ答えると、三日月が描かれたカードキーを扉の隙間から差し出した。僕はほとんど反射的にそれを受け取り、男は静かに扉を閉める。……オートロック。
「なんだっていうんだ、本当に……」
 カードキーを手に僕は立ち尽くす。壁際のカードキーホルダーにそれを入れると、室内の明かりが点いた――そう思ったのだが、点いたのは部屋の壁三面を占拠している、三つの大型モニターだった。
「……なんだ? これ……?」
 モニターの映像は碁盤の目のように無数の仕切りが引かれ、区分されたその長方形の中には、様々な街の姿が映し出されていた。
 自動車が行き交う道路や駐車場の映像が最も多く、次いで飲食店・食料品店・衣料品店……その他様々な店内の映像がある。そしてその多くが、斜め上から見下ろす形で撮られていた。
 なるほど、監視塔ね。国中の監視カメラの映像が、ここで見られるというわけか?