乳房の大きな女性の、その言葉が気になって、……僕は眠ることもできず、喉が渇き……またココアコーラでも飲みに行こうかと起き上がった、――そのとき。六月の雨のように静かな足音を伴って、オオシマイヨが姿を現した。

「人は何事にも飽きるものだなんていうけれど、
 月は、どれだけ見ていたって飽きないのよね」

 口元に笑みを浮かべ、オオシマイヨはそう言った。唇の両端が異様に吊り上がり、それは僕に否応なく、三日月が横たわる姿を連想させた。

「あなたが城に入ってきて、最初は本当に嬉しかった。
 でも、私の部屋の夜空から、月が消えてしまったの」

 城の中に監視カメラはないというのは、おそらく本当なのだろう。
 ここはいわばリングドーナツの穴なのだ。監視されない場所。監視できない場所。
 死角。

「あなたは夜空へ戻るべきだわ。
 そして部屋を照らし続けるの」

 ……やれやれ、ドーナツの穴が死角だなんてな。普通は丸いのに。
 僕はまたしても余計なことを考える。考えるべきではないときに。
 僕の口は何事か言おうと薄く開かれていたが、そこから発せられたのは、溜め息にも似た重い吐息だけだった。

「月は遠くから見なければね。
 そう思わない? ミカズキ」

 喉は渇き、瞳は潤んでいた。結局のところ、僕はドーナツの一部でしかなかったのだ。
 にもかかわらず、彼女に近付きすぎてしまっていた。
 だから僕は戻ることになる。いるべき場所へ。
 彼女の目の、届くところへ。

         §

「三件、お願いします」と僕は言い、専用端末から吐き出されたレシート三枚をレジへと並べた。
 ――監視塔を出てからの職場復帰は、拍子抜けするほどスムーズだった。
 僕はバイト先からの帰り道に交通事故に遭い、幸運にも外傷はなかったものの、頭を打ち、記憶の混濁がみられるということで、しばらく休職――という扱いになっていた。
 銀行口座を確認してみたところ、労災保険が給付されていたし、『アキチジョウ』なる人物から少なくない額のお金も――おそらく運営階からの手切れ金なのだろう――振り込まれていた。
 僕はそのお金を、全て野球観戦につぎ込むことに決めていた。