彼女は身体のラインがはっきりと浮かぶ半袖シャツの両袖を、若々しく肩先まで捲り上げている。しかし年齢は三十代前半……あるいは後半。全体的に丸みを帯びた体つきではあるものの、女性としては背が高く、太っているとは感じさせない。まあおそらくは彼女が「ひよりさん」なのだろう。
「昨日スパに行ったら、脱衣所に見慣れないジャージがあったのよ。……あの子とはたまに一緒になるけど、違うジャージだったし。……それで、悪いとは思ったんだけど、ポケットの中に入っていたカードキーを、見せてもらったわ。……間違いなく、三日月マークのカードキーだった」
 彼女は責めるような口調で言う。いや、彼女は明確に、僕を糾弾しているのだ。
 僕は無意識のうちに彼女の乳房に目を向けていた。それこそ、服の中にバレーボールでも入れているのではないかと思うほど、それは大きかった。
 僕がなにも言わずにいると、彼女はさらに語気を強め、僕にいくつかの言葉を浴びせた。
「とりあえずこれ、返しますよ」
 僕は彼女の言葉を完全に無視して、リーダー格の男に赤いビブスを差し出した。
「牛が興奮するみたいだからさ」
 男は不可解そうな、あるいは不快そうな表情を見せ、それでも一応、ビブスを受け取る。
 僕はそのとき、「闘牛は赤色に興奮しているのではなく、闘牛士による巧みな布さばきによって興奮を煽られているのだ」という話を思い出していた。ああ、それにそもそも、「闘牛は観客の前に出された時点ですでに興奮しているのだ」とも聞いたことがあるな。
 では、舞台裏で準備をするにあたって、いったいどのようにして闘牛を興奮させているのだろう? ――僕はよくそうして、考えるべきではないときに、余計なことを考える。
 きっと、あまりパッとしない方法で闘牛を興奮させているんだろうな、と僕は思った。
 だってそれが華やかな方法だったとしたら、観客の前でやったほうが盛り上がるはずだものな。

 急速に僕の居場所が失われていく。


 僕はトレーニングルームに戻り、長イスに寝転んでオオシマイヨが来るのを待ち続けた。
「……あの子とはたまに一緒になるけど、…………」