部屋に戻った僕は充実した気持ちで満たされていた。冷静に考えてみれば、運動をしに赴(おもむ)いた運動階で運動はできず、僕が出した二つの提案も実を結ばなかったのだが、彼女と出会い、話せたことは、それらの失敗を省みる必要のない些細な事象へと変えてしまっていた。
 僕はこの監視塔という暗闇の中で、基点となる灯台を見つけたのだ。
 そう、暗闇。僕はリクライニングチェアに座り、両手を大きく広げて伸びをし、「さあて、」と口にするまで、その異変に気付かなかったのだ。

 ……三面モニターの電源が、点いていない。

 嫌な予感がした。僕は肘掛けのタッチパッド部分に触れ、モニターに変化が起きないことを確かめると、テーブルの上に置いておいたタブレット端末を手に取る。
 幸い端末は生きていた。僕は停電時に一本のロウソクを見つけたかのようにそれをありがたがった。しかし端末のどの項目をタップしても、モニターに命が灯ることはなかった。
 カードキーの置き方が悪かったのではないか? 僕はそう考え、部屋の出入口近くのカードキーホルダーからカードキーを持ち上げて、再度ホルダーに投入する。しかし、結果は……。
 出入口付近の小さな常夜灯は点いているし、スイッチを押せば洗面所の明かりもちゃんと点くので、停電ということはない。今までは全く気にならなかったが、かすかに空調の駆動音も聞こえる。そう、モニターだけが死んでしまったのだ。
 僕はもちろん受話器を取り、運営階に電話をかけた。
『いかがいたしましたか?』そっけない呼び出し音の後、お馴染みの執事めいた声が聞こえる。
「カードキーをセットしたのに、モニターが点かないんだ」
 僕は不快さを表すニュアンスが声に出てしまわぬようにと心がけながら、ただ事実だけを正確に報告した。僕は文句を言っているわけではなく、状況の回復に努めているのだと……その気持ちが伝わるように。
「三つともだよ。カードキーをホルダーに入れ直したりもしてみたんだけど、ダメなんだ。洗面所とか……他の電気は点くから、停電ではないと思うんだけど」
 受話器から沈黙が聞こえ始めた。沈黙は聞こえるものなのだ。そしてそれにはいくつかの種類がある。ちょうど世の中に様々な種類の白色が存在するように。
 そして今回のこの沈黙は、僕が子供のころに幾度か聞いた種類の沈黙だった。