僕たちはジャグジー付きの浴場へ出て、各々シャワーを浴びる。タオルを絞り、脱衣所へ戻ろうとする僕を、彼女が「待ってよ」と呼び止める。いや、待ったらまた、一緒に着替えることになっちゃうんだけどな。
「ミカズキのこと、もっと教えてよ。なにか用事があるわけでもないんでしょ?」
 ……とのことで、僕はジャグジーに浸かり、自身の簡単な生い立ちについて説明した。
 面白くもない話だ。父親が妹をビール瓶で殴って重傷を負わせてしまい、離婚……僕は高校を中退し、一人暮らしとアルバイトを始めた。
 もちろん最初のうちは大変だったが、五年も経った今では慣れたものだ。趣味らしきものといえば野球中継や映画を観ることくらいなものだし、年金どころか健康保険料さえも納めていないから、一人分の生活費くらいは十分に賄うことができた。むしろ貯金もできたくらいだ。
「外にいたころは、スマホで野球中継を観てたんだよ。部屋にテレビがないから」
「……野球も、ここのモニターで観ることができたら、臨場感があるでしょうね」
 身体に巻いていたタオルを取り払い、湯が激しく噴き上がる箇所に向かい、脚を投げ出すようにして座る彼女は、僕の話を興味深そうに聞き、時に神妙な相槌を打った。
「きみはどうして組合の幹部をやってるの? それこそ、善意でやってるのかな」
「善意もないわけではないけど。……城生まれの人間なんてほとんどいないし、多少無茶をしても、私の場合は城を追われるってことがないから。……ほら、両親と子供が別々になっちゃうでしょう。それに両親は二人とも、この城ができたころからの住人だし、そのうえ……私、この城で生まれた最初の子供なのよ」
「なるほど、だから無下(むげ)にはできないってわけだ。言わば王女みたいなものだし」
「本当にそう呼ぶ人もいるわよ。王女様って」彼女は後ろ手に底へ手をつき、天井を見上げる。
「きみが王女様なら、僕は城を追放されるな」僕はそんな彼女の胸元を見つめて冗談めかした。
「そうよ。王女様とこんなことしてたら、ね」彼女は視線に気付くと僕に思いきり湯をかける。
 そのとき僕は、本当に城を追放されることになるなんて、これっぽっちも思っていなかった。

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