「まず一つ目だけれど、それってお酒を渡す塔員に、なにかメリットはあるのかしら? 善意に頼るだけのシステムは長続きしないわ。そして二つ目は、観客が納得しないと思うの。人はしかるべき人間に裁定されるから納得する――納得せざるをえないのであって、この城のように、世間的に得体の知れない団体がそれを代行するのって、受け入れられないと思う。分かる?」
「分かるよ。確かにきみの言う通りだ。僕の考えが甘かった。……一つ目の提案はもしかしたら、僕たちは監視されていて――そういう不正を行ったらすぐにバレるからダメ、と言われるかもとは思ってたんだけど」
「運営階員に、ってこと? それは大丈夫よ。城の中に、監視カメラは一つもないわ」
「ふぅん、そうなのか。……ところでその、『運営階員』っていうのはなんなんだ?」
「この城を運営している人たちよ。たとえば、私たちからの電話に応対する人とか」
「もしかして、いつも料理を運んできてくれる、あのシャンとした男も運営階員?」
「シャンとしてるかは知らないけど」
「たくさんの運営階員がいるわけだ」
「そう。ああでも、私の部屋に料理を運んできてくれるのも、だいたいいつも同じおばさんね」
「へぇ。……そういえば、僕が電話をかけると、いつも同じ……執事っぽい人が出るんだよな」
「それは私も同じよ。あの声は加工されているの。運営階の事務員は、ほとんどが女性だから」
「なんで声を変えてるんだ?」僕が疑問を口にすると、彼女はそっけなく、「女の人だと分かると、いたずら電話が増えるのよ」と言った。ふぅん、そんなものかな。
「でもそういうことって、僕に教えても大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないわよ。だから二人だけの秘密、ね?」
 彼女は少し笑って、それからバスタオルの先で額の汗を軽く拭った。白すぎる胸元がちらりと覗く。
「……実はね、ミカズキのこと、前から知っていたの」
 良い代案もすぐには浮かばず、熱に耐える沈黙の後で、彼女がそう打ち明けた。
 年下であるオオシマイヨに呼び捨てにされるのはどこか奇妙な感じがしたのだが、この塔においては彼女のほうが先輩なのだし、むしろ僕のほうこそ彼女を「さん」付けで呼ぶべきなのかもしれない。
 それにそもそも、呼び捨てにされて悪い気はしなかった。