「前に言ったろ。アルコールの制限緩和と、ミュージックの解放運動さ」
 そこでどうやら、試合開始の頃合いとなったらしい。男の周りにオレンジビブスチームの面々が集まってきた。
「組合の……幹部の人に会えないですかね。提案、したいことがあるんですけど」
「提案ね。ちょうど今、トレーニングルームにいるはずだ。失礼のないようにな」
 トレーニングルーム。あのランニングマシンとかがあったエリアか。
 僕は思わず、「そんなこと言って、実はあなたが組合のボスだったり」と茶化そうとしたけれど、思いとどまる。
「やっぱり、すごい人なんですか? やめておこうかな」
「今までに、重要指名手配被疑者を四人ほど見つけてる」
 ジュウヨウシメイテハイヒギシャ。つまり、いわゆる「指名手配犯」を、監視カメラの映像から四人も見つけ出してるってことか。それはなんか、すごいな。会ってみたくなってきた。
 結局僕は、円陣を組み始めたオレンジビブスチームの面々に「試合、がんばってくださいね」と軽く手を挙げ挨拶し、体育館を後にした。

 やや道に迷いながらたどり着いたトレーニングルームには、たったの一人しか利用者がいなかった。もしかしたら幹部の人はもう部屋に帰ってしまっていて、その人物は組合とは無関係かもしれないという考えが脳裏をよぎったのだけれど、ランニングマシンの上で黙々と走るその姿を一目見て、そんな考えは一瞬にして消え去ってしまった。
 ……その人物は、監視塔員としては奇跡的とも思える要素を二つ、兼ね備えていた。
 一つは、痩せているということ。きっとトレーニングが日課なのだろう。僕たち球技組とは違い、毎日ストイックに身体を絞り続けているのだ。流れゆくベルト面を蹴る洗練された足の運び――真っ直ぐに伸びたままブレない上半身が、それを如実に物語っている。
 そしてもう一つの奇跡的要素。それは……その人物が、若く瑞々しい女性であるということだった。
「ピアノはまだやってる?」と僕は訊ねた。彼女は走るスピードを緩めることなく、僕の顔を一瞥(いちべつ)して――それからたっぷりと間を置いてから、「……はい?」と言った。
 未成年女性の、見知らぬ成人男性に対する……いわばお手本のような反応だった。

         §

「私はこの城で生まれたの。父が監視塔員で、母が運営階員。だから橋渡し役なのよ」