男の言葉から察するに、その「ひよりさん」なる人物は女性なのだろう。この塔は極端に女性の住人が少ないから、ある種マドンナ化しているのであろうことは想像に難くない。
 僕は男の隣に並んで準備運動を始める。でもフットサルのチームはキーパーを入れて五人までだったはずだから、見たところ人数はすでに揃っているようだ。数えてみると、オレンジビブスチームも、グリーンビブスチームも、それぞれちょうど五人ずついた。
 もう一つのコートはまだ人数が半端なためか、みんなビブスを着けずにシュート練習をしていた。おそらく僕もあちらに加わるべきなのだろう。
「これだけ人がいれば、野球もできそうですけどね」
「野球ねぇ……野球はルールがわりと複雑だからな」
「投げて打って走って守るだけですよ。シンプルだ」
「いや、そんな簡単な話じゃないね。人数もいるし」
「十八人、ギリギリ集まりませんかね? 無理かな」
「プラス、審判が四人必要だ。二十二人は無理だな」
 男は言いながら、城の絵柄が描かれたサッカーボールを僕に蹴って寄越した。
 なるほど……、審判か。それは考えていなかった。
「しかし、野球ね。それで四月には出ていくわけか」
「出ていくって? もしかして、僕のことですか?」
「休職中なんだろ? 俺らの情報網は結構すごいぜ」
 やれやれ。誰かがあのホワイトボードの映像を見たんだろうな。
「勝手に休職扱いになってただけで、戻りませんよ」
 僕は男にボールを蹴り返しながら答える。屋内でのボールの跳ね具合・転がり具合がまだうまくつかめない。そもそも、サッカーボールを蹴るなんて何年ぶりのことだろう?
「でもここにいたんじゃ、野球中継は観られないぜ」
 ああ、なるほどね。それでプロ野球のシーズン開幕に合わせて、ここを出る腹積もりなのだと思ったわけか。
 しかし、プロ野球を観られないというのは、盲点だった。言われてみれば確かに、『テレビ』のアイコンをタップした先に、『スポーツ』という項目は存在しなかった。
「もしかして、スポーツニュースすら見られない、とかですか?」
「ああ。ニュース番組は、制作から放送までの間隔が短いからな」
 ニュース番組のチェック業務は請け負っていないというわけだ。
「野球中継が観られないだなんて、組合はなにをやっているんですか?」