監視塔での日々は、僕が思っていた以上に悪くはないものだった。あくせく働く必要もないし、誰からも怒られることのない監視・チェック業務。しかも注意力を働かせて電話報告をすれば感謝されるし、それに僕はこういう仕事に向いている気がする。細かいことが気になる性質なのだ。まあだからこそ、この塔に入ってこられたのだが。
 元の生活に戻りたいとは思わなかった。六畳一間の、絵に描いたような安アパートにあるものは、どれもすり減り、やがては捨てられていく類の一時的なものばかりだったし、訪ねてくる友人がいるわけでもない。
 元の仕事場で、手続き上、僕がどういう扱いになっているのかということは気になったけれど、ある日、面白い場所に設置された監視カメラの映像はないものかと探していると、偶然にも――あるいは無意識にそれを探し求めていたのかもしれない――あの作業場を映したものがあった。すっかり忘れていたが、あそこにもいくつか監視カメラがあったのだ。
 監視カメラの映像を拡大して見てみると、今日入荷する商品の数量と、作業員の配置図が書かれたホワイトボードの片隅に、『オレミ』というネームプレートが貼られているのを確認することができた。そしてその上には、専用の消せる黒ペンで、『四月まで休職』と書かれている。

『もちろん四月以降の滞在も可能です。先方へお電話したところ、四月まではとりあえず休職扱いにできるとのことでしたので、そのように致しました』
 僕がとある電話報告――学園バトルアニメの入学シーンで、校舎にかけられていた垂れ幕の文字「熱烈歓迎」の「迎」の字が、「卯(う)」にしんにょうとなっていた――のついでに訊ねてみると、受話器の向こうの男はそう答えた。
「悪いんだけど、放っておいてほしいんだ。そうやって善処してくれるのは、……なんていうか、ありがたいんだけど。でも僕は、戻る気なんてさらさらないんだ。……だから、そうやって退路を残されると、……決心が鈍るだけで、なにも良いことがない。……ここでの暮らしが気に入ってるんだ。他の人たちは、アルコールだのミュージックだの、待遇の改善を求めているみたいだけど、僕は現状でも十分に満足している。ここには仕事があって、上司がいなくて、娯楽があって、少しの交流がある。僕はそれでいいんだ」