「ブランケットでしたら、認められております。――ええ、ブランケットを一枚……」
 男は再度「もうありませんかな?」という顔で僕を見て、受話器を置く。やれやれ。

         §

 シャワーを浴びる前に替えの服をと思って探したのだが、クローゼットすら見当たらない。バスローブの一つもない。
 そうこうしているうちにまたインターホンが鳴り、扉を開けると、透明なボウルのような蓋(ふた)で覆われた皿をいくつも積載したカートを傍(かたわ)らに、初老の男が待ち構えていた。
「ああ、これは、どうも」
 僕は気安くそう挨拶したが、彼は「ささ、」の男とは別人だった。まず第一に、食事を扱う仕事に従事しているためか、身なりが清潔だ。髪は同じく白髪が混じっていたものの、薄くなりゆく頭髪を潔く受け入れ、全体的に短く整えている。
 顔立ちも年齢も似通っているのだから、「ささ、」の男が散髪をして風呂に入ったと考えることもできるが、その立ち姿や醸し出す雰囲気が、僕に「別人だぞ」と警告していた。
「ええと、食べ終わったらどうすればよいのでしょう? ……その、皿とか? あと、替えの服が欲しいときは、どうすればよいのでしょう」
 僕が訊ねると、男は無言のまま部屋に入り、テーブルの上の電話機を目指して歩いていった。
 ……しまったな、彼は口数が多いほうではないのだ。しかもその表情を見る限り、いささか不機嫌なご様子だ。
 僕は思い出したかのように「ああ! そうですよね。電話をすればいいんだ。申し訳ありません、当たり前のことを……」と言って手を叩くと、男は「ふん」と小さく鼻を鳴らして帰っていった。カートを押す後ろ姿が、またなんともシャンとしている。僕は彼の背中を見送ると静かに扉を閉め、ひとまず食事をとることにした。
 男が置いていった料理はオムライスだった。白い皿の上でやや「く」の字に歪んでいて、右側のあいたスペースにデミグラスソースがかけられている。
 三日月形のオムライス。味も文句のつけようがない。ただし大騒ぎするほどの味でもない。
 カートには他にも皿が載っていたけれど、どれもオムライスだったのだろうか。もっとよく見ておけばよかったな。まあともかく、他にも大勢、この時間に食事をとっている住人がいることは確かのようだ。

 その日は四本の映画作品を観た。どれも昼食のオムライスのような出来だった。